〜蓮 Side〜

始業式のために体育館に来てしばらくしてから、中村さんと一緒に去っていった結月。

先ほどの中村さんからは、ただならぬ雰囲気が感じられた。

だから結月が心配になって、こっそりと2人の後をついていった。

2人はしばらくしてから、小さな教室に入って扉を閉めた。

俺はその扉の外で、何かあったらすぐ入れるようにしていた。

しばらくの間、2人は小さな声で話しているのか、ボソボソとした声しか聞こえてこなかった。

だから、やっぱり俺が勝手に心配しすぎただけかもしれない。

そう思い直して、体育館に戻ろうとした。

すると突然、

「とぼけないでください」

中村さんの叫び声が廊下にまで響いてきた。

「どれだけ一緒にいたと思っているんですか?気づくに決まってますよ。髪色が違っても、眼鏡かけても、スタイルの良さも声も、全く同じじゃないですか」

中村さんは、一体何を言っているんだ?

俺は気になって、再び扉のすぐそばまで近づいた。

結月の声は、一向に聞こえてこなかった。

そしてしばらくして再び、中村さんの声が聞こえてきた。

「ユズさんは正体不明なのも売りだって知ってます。でも、せめて蓮先輩には話すべきじゃないんですか?本当に好きなら、打ち明けるべきでしょう?」

中村さんは今"ユズさん"と言った。

けれどこの部屋にいるのは、中村さんと結月だけのはず。

もしかしたら、ユズさんがこの教室に先に来て待っていて、3人で話していたかもしれない。

そう思いたいけれど、先ほどの中村さんの言葉"気づくに切っています"……何に?

"髪色が違っても、眼鏡をかけてもスタイルの良さも、声もその綺麗な目だって、全く同じじゃないですか"

その言葉の意味することは、つまり…

「ねぇ、どういうこと?」

俺はガラッと扉を開いて言った。

教室にいたのは、中村さんと結月の2人だけだった。

「説明してくれる?」

俺の質問に、結月は答える様子はない。

「ねぇ、結月。本当に結月はユズさんなの?」

俺はとても動揺していた。

本当に大好きな結月がユズさんで、憧れのユズさんが結月なら、俺は………

「ごめん」

そう小さく呟いて、俺の横をすり抜けて走り去っていく結月に、俺は何も言えなかった。

「蓮先輩」

結月が去ってからしばらくして、遠慮がちに中村さんが俺に声をかけてきた。

そして、真剣に尋ねられた。

「蓮先輩は、結月先輩を許せますか?」

「許す?」

許すって、何を……?

「だって、ずっと騙されてたんですよ?平気で隠してたんですよ?そんな人のこと、許せるんですか?」

怒った口調で言った中村さんに、俺は答えた。

「許せないよ」

「ですよね」

明るく答えた中村さん。

けど、違う。

「違うよ。彼女じゃなくて、自分を許せない」

そう言った俺に、中村さんは目を見開いた。

俺はきっと、ずっと結月を傷つけてきた。

どうして今まで気づいてあげられなかったのだろう。

ずっと一緒にいたのに。

ずっと結月を見ていたはずなのに、どうして…。

そんな後悔をしても、もう遅い。

確かに、似ていると思ったことはあった。

綺麗で明るい印象の声と、まとっている雰囲気。

一緒にいて安心できるあの雰囲気に、守ってあげたくなる可愛らしさ。

そして意思の通った強い光を放つ、綺麗な瞳。

けれど俺が好きになった人だから、タイプが似ているのだと思っていた。

だから同一人物だなんて、考えたこともなかった。

でも言われてみれば、その通りなのだと思う。

結月もユズさんも同一人物なのだ。

「結月はきっと、平気なんかじゃなかった」

さっきだって、この教室から走り去っていった時だって、微かにほんの少しだけ、震えていたのがわかった。

もし平気で隠していたのであれば、震えたりなんてしない。

俺に謝ったりしない。

あのまま走り去ったりしないで、今もこの教室で話をしているだろう。

それに、

「結月はそんな子じゃないって、中村さんも知ってるだろ?」

結月は心優しい子だから、きっと平気で隠したりなんてしない。

そしてしばらくしてから、中村さんが口を開いた。

「蓮先輩は、結月先輩のことが大好きなんですね」

「そうだよ。僕は、結月が大好きだよ」

俺は即答した。

結月が何者かなんて関係ない。

俺は、彼女自体が好きなんだ。

「良いですね、結月先輩は。蓮先輩にそんなに思ってもらえて」

中村さんは、しんみりとそう言った。

「私、蓮先輩が大好きでした。あ、返事なんてしないでくださいね。答えは分かりきってるんで。蓮先輩が結月先輩を好きだなんてこと、とっくの昔から分かってましたから。それでも好きって思ってたけど、もうやめます。今この瞬間からやめます」

俺は、中村さんに何も言えなかった。

「でも…私、結月先輩以外は認めませんから。結月先輩と幸せにならなかったら、私許しませんからね?」

そう言って笑った中村さんに、

「ありがとう」

俺は一言そう言った。

「さ、蓮先輩。早く結月先輩を探してあげてください。きっと今1人で、泣いていると思いますから」

中村さんはそう言って、俺を廊下に押し出した。

「中村さんありがとう。結月のこと気づいてあげてくれて。気持ちも嬉しかったよ、ありがとう。きっといつか、俺より良い人が見つかると思うよ」

俺はそう残して、教室を去った。

俺は校舎の中を走って、ある場所に向かった。

結月はきっと、あの場所にいる。

空に一番近くて、俺らが最初に出会った場所でもあり、いつも一緒にお弁当を食べた場所。

そして、俺が結月に告白をしたあの場所。

屋上にいる。

そう思った。

屋上の扉を開くと、やっぱりいた。

「蓮……」

ベンチに座って、俺の名前を呟きながらすすり泣いている、結月の姿が目に入った。

俺は俯いている結月の前に行って、

「結月」

名前を呼んでから、ギュッと力一杯抱きしめた。

俺の大好きな結月を、もう二度と泣かせないと誓いながら。

〜蓮Side End〜