「待って、凛!」

そう言って、凛を湊が追いかける。

凛は止まることなく湊から逃げ続けたけれど、

「やっと、捕まえた」

とうとう突き当たりに来てしまい、湊に追いつかれてしまった。

「なに?」

冷たく言い放った凛。

「凛、俺の話を聞いて?」

「聞きたくない!!」

優しい口調の湊に、目も合わさないでそう叫んだ凛。

「聞きたくない。なにも聞きたくないよ。どうして、どうして湊は、なにも言ってくれなかったの………??急にアメリカへ行くなんて、私聞いてないよ。私、湊の友達じゃないの?なんで……」

湊は、取り乱す凛の背中をさすりながら、話を続ける。

「ごめん、凛。ずっと言わなくてごめん。言おうと思ってたけど、結局言えずにいたんだ。本当にごめ」

「もう私、湊と話したくない!!」

湊の腕の力が弱まると、凛は湊の腕の中からするりと逃げ、公園から走り去った。

その後ろ姿を見ながら湊がポツリと、

「ごめん」

そう呟いた。

「カーーーーット!!」

監督の声が、大空に響き渡った。

「蓮くんもユズちゃんも、2人ともお疲れ様!」

爽やかに笑う監督。

「すごいねっ、この炎天下の中NGも出さないで、集中力も切らさずによく頑張った!」

今日は、夏休み最後の日。

そんな日は、お家でまったり休憩といきたいところだけれど、今日はドラマの撮影だ。

真夏日であるにもかかわらず、朝8時から6時間、ぶっ通しで野外でのシーンを撮影し続けていた。

汗をかかないように、扇風機が足元に並べてある。

適度の水分補給とうちわも欠かせない。

ドラマはもう、終盤にかかってきていた。

毎週、高視聴率を記録しながらすでに第8話まで放送された。

11話、完結予定のこのドラマは、放送残すところあと3話だけ。

さらに撮影はかなり順調に進んだため、もう来週には全て撮り終わるだろう。

第6話から9話にかけて、凛と湊の2人は勘違いから、気持ちは伝え合えずにいたけれども、親友として仲良くしていた。

けれどそんなある日、湊が家の都合でアメリカへ行くことになったと、人伝に凛が聞くのが第9話。

そして先ほど撮ったのは、教えてくれなかった思いから、凛と湊がさらにすれ違ってしまう第10話の終わりのシーンだ。

凛と湊は、思い合っているのにそれに気づくことができず、すれ違ってばかりでもどかしい。

けれど、本当はお互いがお互いのことを考えていて、心の底から好きなんだなって思った。

少し前までの蓮と私も、このような勘違いから想いを伝えられずにいたんだと思うと、凛への感情移入がしやすくなった。

野外で撮ったあと、スタジオに行ってさらに6時間、撮影をして、終わって家に帰る頃にはすでに夜の10時を廻っていた。

明日からはまた学校が始まるから、早く寝なきゃ。

そう思っていると不意に、携帯からメロディが流れ始めた。

これは、電話の着信を知らせる音だ。

誰からだろう。

そう思って携帯を開くと、願ってもなかった彼からの着信だった。

「もしもし、蓮?」

「あぁ」

「こんな時間にごめん」

そう謝る蓮に私は、

「気にしないで」

そう言った。

「明日会えるわけだし、あと少しの辛抱だと思ったけど、声聞きたくなって」

そう言われて、私は一気に頬が紅潮するのを感じた。

「結月に毎日、会いたい。毎日会って、手を繋いでギュって抱きしめたい」

「わ、わわ私も……かも」

「結月、吃りすぎ」

そんな言葉と共に、蓮の笑い声が再び聞こえてきた。

少し話をしてから、

「結月、じゃ明日遅刻するなよ?」

「うん。じゃあ、また明日!」

「また明日」

そう言って、私たちは電話を切った。

早く明日にならないかな。

電話を切ってから、そんな思いで胸がいっぱいになった。

けれどふと、私は考えた。

今のままで、良いのだろうか?

私は結月として学校に行っても、ユズとしてドラマの撮影に行っても、蓮に会える。

ほとんど毎日会っている。

それだけで幸せだ。

でも、蓮にとっては違う。

結月に会えるのは学校だけで、ドラマの撮影で会っているユズは、結月とは全く別人だ。

さっき私に"毎日、会いたい"そう言ってくれた蓮。

そんな蓮に私は、これからも自分のことを隠し続けるなんて、そんなことできないよ。

そう思って、私はある人に電話をかけた。

「こんな時間に、どうかしたの?」

私が電話をかけてから、5秒も経たないうちに出た相手はーー

「田中さん。わがまま言っても良いですか?」

ーーー田中さん。

私の事務所の社長さんだ。

「なんでも、言ってちょうだい」

優しい口調の田中さんに、私は言った。

「あの、私…好きな人ができたんです」

「蓮くんのこと?」

「はい。って、えええ!??」

どうして分かるんだろう。

「そんなの、分かるわよ。何年の付き合いだと思ってるのよ」

「それもそうですね」

確かにそうだ。

私がデビューしたのは、6歳の時。

その時からずっと、田中さんにはお世話になっている。

つまりもう、10年以上の付き合いなわけだ。

「で、どうしたの?何かあったんでしょう?」

先を促されて、私はゆっくりと話し出した。

蓮と学校で結月として出会って、いつの間にか好きになったこと。

たくさんすれ違ったけれど、付き合えることになったこと。

すると田中さんは、

「大スキャンダルじゃないの」

冗談めかしてそう言った。

「それであの私、蓮に自分のことを話したいんです。私が結月なんだって、言いたいんです。蓮に隠しているのが、辛いんです」

絶対にダメだって言われるに決まっている。

だけれど………

少しの沈黙の後に、田中さんが口を開いた。

「いいんじゃない?」

「え?い、いいんですか!?」

私はビックリして声が裏返った。

「だってあなたは彼のことが大好きで、彼もあなたが大好きなんでしょう?あなたが隠しているのが辛いなら、彼も隠されていて辛いんじゃない?彼は、他の人に口外しないでしょう?」

「はい」

これは自信を持って言える。

蓮は、決して口を滑らしたりしない。

私の秘密を守ってくれると思う。

「なら、彼だけには教えていいわよ」

「ありがとうございます!」

私は田中さんに、心からの感謝の意を込めて、そう言った。

次の日の朝、私は"絶対蓮に私のことを話す"と心に決めて、気合いを入れて学校へと向かった。

「おはよう、蓮」

「おはよう、結月」

今までと変わらない何気無い挨拶も、なんだかとても大切なものに思えてくる。

心の中が、温かくなる。

「ね、蓮。私、蓮に話したいことがあるんだ」

「なに?」

蓮が短く、けれど素っ気ないとかではなくて、その中にも優しさをもたせながら聞いてきた。

「あのね、」

私が話そうとした時だった。

「始業式だから、今すぐ体育館に行って!」

……担任の高橋先生が教室の扉を開けて、そう言った。

私は開きかけていた口を閉じた。

「結月?」

「後でいいや。とりあえず始業式、行こう?」

心配そうに聞いてきた蓮の腕を引っ張って、私は体育館へと向かった。

体育館に着くと、そこはたくさんの生徒で溢れかえっていた。

クラスごとに男女、一列に並んでいるようだけれど、人が多すぎてどこへ行けばいいのか分からなかった。

蓮の腕を掴みながら彷徨っていると、

「結月先輩」

私を呼ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。

声のした方を見ると、

「葵ちゃん?」

私に鋭い視線を向けている葵ちゃんがいた。

「結月先輩、少しお話したいんですけれど、今からいいですか?」

控えめに言いながらも、葵ちゃんの目からは私に断らせない、そんな強い意志が垣間見られた。

「いいよ」

私はそう答えた。

「蓮、また後でね」

私は掴んでいた蓮の腕を離して、葵ちゃんと一緒に体育館を後にした。

体育館を出ると、辺りはシーンと静まり返っていた。

そしてしばらく歩くと、私たちは小さな教室に着いた。

「結月先輩に憧れてました」

葵ちゃんは、唐突に話始めた。

「結月先輩に会う前から私、先輩の噂を聞いていたんです。正直、良い噂はなかったです。でも誰に何を言われても、毎日学校に来てて、強いなって思っていたんです」

「葵ちゃん」

話ながら、涙目になっている葵ちゃんに声をかけた。

葵ちゃんは構わず続ける。

「だから、蓮先輩が結月先輩と付き合うのも納得できたんです。心からお祝いできます。でも、あなたは蓮先輩に隠し事をしてる!そんなの、蓮先輩を傷つけるに決まってます!」

ギクリとした。

けれど、あくまで態度に出さないようにした。

だって、バレてはいけないんだから。

「何のことかな?」

私が尋ねると、葵ちゃんは軽く笑って答えた。

「何のことかなんて、分かってるんでしょう?結月先輩。いいえ、ユズさん」

「ユズさん?」

私は、あくまで何も知らないようなふりをした。

けれど、

「とぼけないでください!どれだけ一緒にいたと思ってるんですか?気づくに決まってますよ。髪色が違っても、眼鏡をかけてもスタイルの良さも、その綺麗な目だって全く同じじゃないですか」

そこまで言われると、もう何も言えなくなった。

黙り込んだ私に、葵ちゃんは続けた。

「私はずっと、ユズさんに憧れていました。中学生の頃に、ユズさんの出てた映画を観て、私もこんな女優さんになりたいって思ったんです。だから共演できるって決まった時、とても嬉しかったです。ユズさんは正体不明なのも売りだって知ってます。でもせめて、蓮先輩には話すべきじゃないんですか?本当に好きなら、打ち明けるべきでしょう?」

葵ちゃんは、私に必死に訴えかけてきた。

「あのね、葵ちゃん。私、」

私、今日打ち明けるつもりだよ。

蓮と私のことを考えて、必死になっている葵ちゃんに、私はそう言おうとした。

けれど、突然開いた部屋の扉から入ってきた人物によって、遮られてしまった。

「ねぇ、どういうこと?」

その人は言った。