「よしっ」

私は今、鏡の前に立って自分の格好を確認している。

お洒落をするためではなくて、黒髪のウィッグをかぶり、オレンジ色の奇抜な眼鏡をかけて、長い丈のスカートを履く自分の姿に、違和感がないかを確認するためだ。

今日は出校日。

約一ヶ月ぶりに学校へ行く。

「蓮、おはよう」

「あぁ、おはよう」

学校に着くと、教室の扉の前に蓮が立っていた。

「なぁ、結月。ちょっとついてきて?」

「え??」

蓮はいきなり私の手首を掴んだかと思うと、次の瞬間には歩き出していた。

「ちょっと蓮!?もうすぐ朝礼、始まるよ?」

そう言った私にも耳を貸さず、蓮はただひたすら黙って、歩き続けた。

でも私の歩調に合わせてゆっくりと、歩いてくれた。

しばらくして私たちは屋上についた。

奥にある二人がけ用のベンチに並んで座った。

妙に緊張した空気が流れたけれど、緊張していることが伝わらないように、細心の注意を払いながら私は口を開いた。

「どうしたの?」

「あ、いやーそのー、えっと……」

本当にどうしたのだろう。

蓮がしどろもどろだ。

なんか面白い。

からかいたいなって思ってしまう。

けれど私は、蓮が話すのを待った。

「結月……」

しばらくして蓮が口を開いた。

「なぁに」

「大翔さん……って、結月のお兄さんなんだってな」

「うん」

そうだ、ドラマの撮影のために約2週間、日本に滞在してとうとうアメリカに帰ることになった大翔が、帰る日の朝、前日の夏祭りの日に蓮に本当のことを話したって言っていた。

それを聞いたとき、私は思わず「ありがとう」と言ってしまったけれど、もともと大翔が"私の婚約者"だなんて嘘をついたのがいけなかったんだ。

ありがとうと言ってから、そのことに気づいた私が拗ねると大翔は、

「次にお祭り行くとき、りんご飴いっぱい買ってあげるから拗ねないで結月、ね?」

そう焦ったように言うから、なんだか可愛いなと思って、私は許した。

嵐のように現れて、嵐のように去っていった私のお兄ちゃん、大翔。

けれどやっぱり、加藤大翔は凄い人なんだなと私は改めて思った。

大翔が特別出演したドラマの第4話と第5話は、瞬間最高視聴率がなんと、30%を越したのだ!!

その内容は、第4話の花火大会の話で、好き同士にもかかわらず、お互い違う人を好きなんだと思い、すれ違ってしまった凛と湊。

そして第5話で、凛は街で再び大翔の演じる悠真先輩に偶然会った。

それをちょうど通りかかった湊が見てしまう。

悩んでいる様子の凛に「恋の悩み??」そう声をかけた悠真先輩。

凛はあからさまに動揺し「こないだの彼が好きなんでしょう?」と悠真先輩はズバリと言い当てる。

そして湊には好きな人がいるのに、好きになってしまったと言う凛。

そんな凛に、悠真先輩は「それでも好きなら、その思い大事にしなよ?」そう言って去っていくんだ。

その時の悠真先輩が去るシーンの視聴率が、異例の35.7%という高視聴率を記録したんだ。

私が大翔のことを思い出していると、

「よかった」

そんな言葉が隣から聞こえてきた。

もちろん、そう言ったのは紛れもなく蓮である。

でも、良かったって??

どういうこと???

私の頭の中にたくさんの"?"が浮かんだ時、

「結月」

蓮が私を呼んだ。

蓮を見ると、真剣な表情を浮かべ熱い眼差しをしていた。

ドクンドクン、目が合った。

その瞬間から、私は蓮から目をそらせなくなった。

私は胸が締め付けられた。

熱い。

心が熱い………。

そしてすっごく、ドキドキする……。

「結月、」

蓮は再び私を呼んだ。

そして大きく深呼吸をして、

「好きだ」

と言った。

え?

今、蓮はいったいなんて言った?

聞こえてきたのは、ただの空耳?

それとも私の妄想からきた幻想?

どちらにしても、そんなはずはない………

「嘘だ」

私は小さくそう呟いた。

すると、

「嘘じゃないし」

私の小さな声を拾って蓮が言った。

嘘じゃない???

でも、

「で、ででででも、蓮は葵ちゃんが好きなんじゃないの??」

「は?どうして中村さんが出てくるんだよ」

「だって、世界一可愛くて目が綺麗で、守りたくなる子だって言ってたし!!」

私がそう叫ぶと蓮は、

「それは結月のことだよ」

そう言ってそっぽを向いた。

蓮の横顔は、少し赤く見えた。

え??

「わ、わわ私、全然可愛くないし」

「結月は可愛いよ」

間髪入れずに蓮はそう返してきた。

これは本当なの???

本当に蓮が、私をスキ……?

そこまで考えて、私はフリーズした。

フリーズした私を見て、

「ごめん」

なぜか、蓮がいきなり謝ってきた。

「結月が俺のことなんて、なんとも思ってないってわかってたんだけど、けど俺どうしても諦められなくてさ、いやいいんだ。よくないけど……これからも親友とし、」

ギュッ。

まだ話をしようとする蓮に、私は抱きついた。

「蓮のバカ」

「だよな。結月はこんなこと言われても困るよな、ごめ………」

優しい口調でそう言う蓮を、抱きしめる力をさらに強くした。

「好き」

私は力一杯に抱きしめながら、一言そう言った。

「え?結月?」

蓮は困惑した声を出した。

私は抱きしめる腕を緩めて、蓮の目を再び見つめた。

「私も蓮が好きです。んーん、大好き!!」

私がそう言うと、

「本当に……?」

蓮は驚愕していた。

「うん」

「夢……じゃない?」

「うん」

私が答えるのと同時に、今度は蓮が私を抱きしめて、

「結月、超大好き」

そう言って、私の頬にキスをした。

「ちょっ///蓮……」

あまりにも突然の蓮からのキスに、私はビックリして、動揺を隠せなかった。

アメリカにいた時には挨拶だったキスも、蓮にされると、ドキドキしてしまう。

「結月、俺はスキャンダルになったりするといけないから、デートも隠れてしなきゃいけないし、たくさん迷惑かけるかもしれない。けど、絶対結月のこと大切にするから、幸せにするから俺と付き合ってください」

蓮に目を見て言われて、

「はい」

私は短く、けれどその二文字に想いを込めて答えた。

蓮は私の返事に、顔を赤らめた。

「蓮、顔赤いよ」

私は自分の恥ずかしさを隠すために、蓮をからかった。

けれど、

「結月が可愛すぎるから」

そう言われて、さらに私の頬の温度が上がったのはいうまでもない。

そんな私を見て笑った蓮は、とてもキラキラしていて、私は改めて蓮にときめいた。

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「ユズさん、僕前に行っていた好きな子に昨日、告白して付き合うことになりました」

そう言って、私に満面の笑みを向ける蓮。

嬉しい。

私のことを楽しそうに話してくれて、とても嬉しい。

けれど、困った……

こういうときは、どうすればいいのかな?

おめでとうって言うべきかな?

でもおかしいよね、相手は私なんだし。

でも、まだ蓮には言っていない。

私だよって、私が結月でユズでもあるんだよって。

ユズも結月も同一人物なんだよって、言っていない。

私はまだ、蓮に大きな隠し事をしたままなのだ。

今日は、ドラマ撮影でとあるスタジオに来ている。

そしてついさっき、約20分の休憩に入ってすぐ、

「少しお話しできますか??」

そう声をかけてきた蓮についてきて、二人っきりになったところで、告白の話をされた。

出校日だった昨日、自分が屋上にいた時には分からなかったけれど、かなり長い時間、話ししていたようで、蓮に告白されてから教室へ行くと、もうすでに解散していて、クラスの人たちのほとんどが帰った後だった。

そんな中、

「蓮先輩ー!」

そう言って、葵ちゃんが私たちが教室について少ししてからやってきた。

蓮の目を見て、

「蓮先輩、明日の撮影のことで相談したいことがあるんですけど、今から一緒に帰りま……」

そう言いかけた葵ちゃんに、

「ごめんね、今日は彼女と帰るから」

蓮はそう言って、私の腕を掴んだ。

「なら、私もご一緒しても……」

怯まない葵ちゃんに蓮は、

「今日から付き合うことになったから、申し訳ないけど、2人にさせて?」

そう言った。

「付き合う……??」

葵ちゃんはしばらく考え込んでから一言、

「おめでとうございます」

そう笑顔で言ってから、去っていった。

「あ、葵ちゃ…」

「結月、帰るよ」

私が、どんどん遠ざかっていく葵ちゃんに声をかけようとすると、蓮に遮られた。

「結月、俺は結月が好きだからもう勘違いすんなよ?」

そう言って、私に笑顔を見せた蓮。

屋上で私が言ったことを気にしてくれていたみたいだ。

「そんなこと言ってもらうと、私調子乗っちゃうよ?もっと嫉妬深くなっちゃうよ?」

私がそう言うと、

「いいよ。結月に妬かれるの嫌じゃないから。ていうか逆に嬉しいし」

と言いながら、照れ臭そうに笑った。

私は昨日のことを思い出して頬を緩ませながら、

「おめでとう、良かったね」

私は当たり障りのない言葉を並べた。

「ありがとうございます。本当に良かったです」

蓮は今にも鼻歌でも歌い出しそうな感じだ。

蓮がそんなに楽しそうに、嬉しそうにしてくれるなんて、私は幸せ者だな。