ピピピピッピピピピッ

都内のとあるマンションの一室で時計のアラーム音が鳴り響いた。

6月某日、早朝ーー

目を覚ました私は、時計のアラーム音を止めた。

時計の針はちょうど6時を指している。

「久しぶりによく寝たーー!!」

カーテンから漏れる光が少し眩しかったけれど、比較的気持ちの良い朝を迎えることができた私は、上機嫌だった。

「準備しなきゃ」

そう呟いた私は、昨日のうちに壁にかけておいた新品の制服に着替えた。

なぜ6月だというのに制服が新品なのかというと、私は今日、転校するからだ。

白色のカッターシャツに黒とピンクのチェックのスカートのこの制服は、有名私立・白浜高校のもの。

白浜高校は共学で、女子生徒の制服はかなり可愛くて、男子生徒の制服もまたかなり格好いいことで有名。

さらに白浜高校が有名なのにはもう一つ理由がある。

それは創設者がある大物女優で、そして現在も彼女自身が理事長を務めていることだ。

私は最近までアメリカにいて、向こうでは学校に通っていなかったのだけれど、その理事長の計らいで今日からその白浜高校に、二年生として通わせてもらうことになったのだ。

私の名前は佐藤結月(さとうゆづき)

16歳の高校二年生だ。

つい最近までアメリカにいた私には、秘密がある。

そしてその秘密がバレることは絶対に許されない。

もちろん学校でも。

いやむしろ学校に行くがために秘密ができるのだけれど。

話すことはもちろん、バレてもいけない。

もしバレてしまったら、絶対にとても大変なことになってしまうから。

だったら学校に行かなければ済む話かもしれない。

けれど、たった一度の人生。

学校へ行って、友達と他愛ない話で盛り上がったり、恋をしたり。

そんなTHE・青春を味わいたいって、そう思ったから私は高校に行くことにしたんだ。

「着いた」

あれから一時間かけて準備をした私は、電車を乗り継ぐこと一時間で白浜高校の正門まで来た。

目の前にはたくさんの人、人、人ーーー。

たくさんの生徒が校舎に向かって歩いている。

女の子も男の子もみんな楽しそうに友達と話しながら歩いている。

校舎に着くと、周りの人たちがそれぞれの教室に向かって階段を上がったりしている中、私は一人一階にある一つの部屋を目指した。

しばらく歩いて行くと"職員室"というプレートのかかった部屋が見えた。

トントン、

「失礼します」

ーーー扉をノックして開いた。

職員室にはたくさんの机が並べてあり、そしてたくさんの人がいた。

そしてそのうちの一人の女の人と私は目が合った。

「おはようございます。今日からお世話になります、佐藤です」

私は目が合った女の人に一気に挨拶をした。

「転校生の佐藤結月さんね。理事長から話は聞いているわ。あなたの担任の高橋杏、よろしくね」

そう言って彼女は笑った。

「よろしくお願いします」

私も笑顔でそう返した。

それからすぐ、高橋先生と私は職員室を出た。

「教室まで一緒に行きましょうか」

そう言われたはずなのに、私たちが向かっている先には教室のある気配はない。

そしてとうとう、廊下の誰もいないようなところまで黙って歩き続けた。

「佐藤さん」

ふいに高橋先生が口を開いた。

「あなたは本当に、あの」

やっぱりこれを聞くためにこの先生は、ここに来たんだ。

"あの"に続く言葉が何なのか、それは聞かなくてもきっと、私の秘密を指している。

「ええ、そうです」

質問に答える私に、先生は話し続ける。

「すごいのね」

「いえ、そんなにすごくはないですよ」

「まぁ、謙遜しないで」

本当に私がすごいわけではないのだ。

確かにまわりはすごい。

けれど、別に私は大したことないのだ。

「….…先生、そのことは」

「ええ、わかっているわ。理事長から聞いた時は驚いたけれど、誰にも言わないわよ。このことを学校で知っているのは、あなたと理事長そして私だけですから。マスコミとかにバレてしまったら大変ですものね」

「はい。あくまでも私は、ただのアメリカから来た転校生。そういうことでお願いします」

あれから私たちは階段を上がって二階に来た。

そして今、私たちの目の前には2年B組の教室がある。

ついさっき朝礼を知らせるチャイムが鳴ったからか、廊下に出ている生徒は誰一人としていなかった。

けれど教室の中はガヤガヤとかなり騒がしい。

「私が呼んだら入ってきてね」

高橋先生はそう言うと、騒がしい教室に入っていった。

「みんな席についてー。今日は転校生がいます。アメリカから日本に帰ってきたばかりだから、みんな仲良くしてあげてね」

高橋先生がそう言うと教室は先程よりも、もっと騒がしくなった。

「男?女?」

「イケメンがいいな」

「可愛い子、来ないかな」

ここは創設者が女優なだけに、芸能人もOKな学校だからかこのクラスのみんなの転校生に対するハードルは、どうやら高いらしい。

「俺、美人なら女でも男でもいいよ」

「誰もお前の好みなんて聞いてねーよ」

教室中がドッと笑いに包まれた。

「はい、みんな静かに。佐藤さん入ってきて」

そう言われて、私は教室に一歩足を踏み入れた。

私は今日に入ると、教室中の視線を一斉に浴びた。

そしてみんな静かになった。

いや、声が小さくなっただけ。

みんな一気に興ざめといった感じだ。

「なんか…だめじゃね?」

「つーかまじダサい」

みんな口々に私の格好に文句をつけ出した。

「おい、聞こえるだろ」

そう小さく注意する声が聞こえた。

でもフォローはしてくれない。

その気持ちも、わからなくはない。

だって確かに私は、ダサい格好をしている。

秘密がバレないように何重にも警戒している私は、
わざとダサく見えるようにしてきたのだ。

肩までかかる黒色の髪はおさげにして、視力はいいのにオレンジ色のダテ眼鏡をかけている。

そして極め付けはスカート。

普通なら膝上10cmくらいの長さのスカートを、私は膝下までの長さにしている。

スカートの可愛さは、あの長さであってこそ。

この履き方では台無し。

ただただ、ダサく見えるだけ。

「佐藤結月です。よろしくお願いします」

全身に痛いほどの視線を浴びながら、私は挨拶をした。

「佐藤さんの席はあそこね」

そう言って高橋先生が指差したのは、窓際から二列目の一番後ろの席だった。

私はその席に着くと、隣の窓際の席が空いていることに気づいた。

「え、ずるーい。何であんな子があの席なのよ」

「いいなー。私も彼の隣がいいー!!」

そんな女の子たちの嫉妬に満ちた声が聞こえてきた。

そしてクラス中の女の子から、私は睨まれた。

私が決めたことじゃないのに……。

そう思って私は小さく溜息を吐いた。

ーーーこの学校で、THE・青春を楽しむのは難しいかもしれない。