永遠に愛を貴方に捧げて


「具合悪くない?急に力を使ったから異常が起きてるかもしれないわ」
「今のところは大丈夫です」
「今日はもう大人しくしといた方がいいわ。きっと反動で体はかなり疲れてるはずよ」
「そうします」

癒しの力があればよかったのに。
ヴァンパイアの力を誰かを助けるために力ではない。殺すための力だ。

人間の魔術師は癒しの力を使えると聞いたことがあるがどんなものなのかしら。
怪我だけなく精神面でも作用するのだろうか。

会って確かめてみたいが人間の魔術師はあまり多くなく、王家直属であるため無理な話だ。

だから、人間の王も魔術師の交換を提案してきたのだろうけど。

「ウィル、ちょっとしゃがんで」
「‥?」

きょとんとした表情をしながらもウィルは素直にしゃがむ。

ほんと身長高いわね。
足が長すぎて羨ましいなんて思いながらウィルの顔の汗をハンカチで拭く。

「姫?!」
「あ、もう!動かないで」
「じ、自分でできます!」
「こんな汗かいたのは私のせいだからお詫びよ。それにここは丁度死角だし、誰にもみられないし勘違いされないわ」
「そういう問題で言ってるのではありません!」

ウィルの目元が赤く染まっている。
つまり、照れているのだ。

いつもしてやられてるリリィはニヤリと笑う。
面白いわね。いつも負けっぱなしの相手の珍しい表情を見れるのは。

しかし、パッとウィルがハンカチで汗を拭くリリィの腕を掴む。

「もう十分拭けてますから。終わりです」
「そう?」
「ええ。姫は私はからかうのが楽しいようですが今後はやめるべきですね。まぁ、私の我慢の限界を超えてもいいのなら別ですが」
「怒りの限界?」

そんなに怒りの沸点低かったかしらとリリィは首を傾ける。

「違います。あなたに触れない限界です」

そう言ってウィルはリリィを抱き寄せた。

「ウィル?!急にどうしたの?」

具合が急激に悪くなって一人で立っているのが辛いのだろうか。

「よかったです。これからはヴァンパイアの力でもあなたを守ることができます」
「ウィル‥」
「今度の建国祭のエスコート、今年も私にさせてくださいませんか?」
「え?それは‥」

ついさっきお兄様にお願いしようと思っていただけにリリィは言葉に詰まる。

ウィルに頼むと周りの女性が怖いなんて流石に本人には言えないわね‥。

「あ、アリアとかにはエスコート頼まれていないの?」
「さぁ‥?手紙が来ていたような気もしますけど見てません」 
「えええ‥」

それまずいんじゃないの?
絶対アリア怒り狂ってるわよ‥。
それでウィルが私をエスコートしてるのを見たらそれこそ何されるかたまったもんじゃない。

「なら、クロード公爵家のご令嬢にしっかりお断りをした上ならば姫は頷いてくれますか?」
「うーん‥」

それでもなお頷かないリリィに、

「お願いします、姫‥」

ウィルは切ない声でリリィに言う。

抱きしめられているから表情はわからないけれどこんな声で言われたら、ノーとは言えないじゃないの。

「わかったわ。アリアには丁重にお断りしてちょうだいよ」
「もちろんです」

抱きしめていた腕が解かれ、珍しくウィルが笑った顔を見せる。

『貴女とウィルさまはただの姫と騎士の関係、それだけでしょう?』

あの時、アリアに言われた言葉が不意に頭に浮かんだ。

それだけの関係のままじゃ嫌だ。
心のどこかでそう叫ぶ自分がいた。



「あ、まだいたのですね」
「‥本当ね」

リリィの自室に戻る途中、遠くに人間の姿が見える。

人間を護衛がたくさん囲んでいるがどこかに行かないように監視の意味も込めてあんなに多いのかしら。

お兄様、上手く記憶を消してくれたかしら?
まぁ、消してくれなくても私がどんな容姿だったかぐらいしか人間の王に報告することもないけれど。

いっそのこと記憶を消した後にありえないぐらい変なメイクやドレスと最悪な態度で人間に会えば、そのまま人間の王に報告してくれて私が欲しいなんて言わなくなるかも。

リリィがそんなことを考えていると、

「あれは騎士団の服を着ていますが違いますね。知っている顔が誰もいません」

ぽつりとウィルが言う。

「そうなの?じゃあ特殊部隊かしら」

騎士団が陽なら特殊部隊は陰だ。
騎士団が表立ってできないことを特殊部隊が行う。

そして特殊部隊の中には王族の血縁者もいる。
王族の血縁なのでヴァンパイアとしての能力も高く、今回人間の記憶を消すために騎士のフリをしているのであろう。

流石に人を操るのは無理だろうけど記憶を消すぐらいならお手の物かしら。

「なぜ特殊部隊が人間の護衛を?」

周りに人がいないのを確認してウィルがリリィに尋ねる。

「あぁ、それは記憶を消すためよ。さっき私が庭で人間と鉢合わ‥」

途中まで言って気づく。
ウィルにこの話をしたらどうなるかわかってたのに‥!

「さっき‥?その話、じっくりと聞かせてください」

にっこりと、でも先程の笑みとは比べものにならないぐらい冷ややかな笑みでウィルは言う。
 
完全に失敗した。
リリィは自分の迂闊さを呪いながら事の顛末をウィルに語る。

「‥決して1人では行動なさらぬように。護衛を撒いたりしないで下さいよ」
「わかってるわ」
「ならいいですが」

心配だけでなく、迷惑をもかけるようなことはしたくない。
私に何かあったら護衛のクビが飛ぶ。

「ちゃんと大人しくしてるから。送ってくれてありがとう」
「いえ。では、くれぐれもお気をつけて下さい。建国祭、楽しみにしております」
「えぇ。‥私もよ」

建国祭まではお互い忙しいから会うのは難しそうだ。ドレスのデザインは手紙で伝えたほうが良さそうね。

そんなリリィの考えとは裏腹にすぐに顔を合わせることになるのだった。

「お茶会…?」

届いた手紙を見てリリィは怪訝な表情をする。

建国祭まであと少しのこの時期。
普通はドレスやら踊りの練習などで忙しく、お茶会を開いている場合ではない。

そして場所はアリアの家、つまりクロード公爵家だ。

どう考えても嫌な予感しかしない。

行きたくないがこの間アワード公爵家のお茶会に参加してしまったから中立な立場を示すためにも行かなければいけないだろう。

お兄様に相談してもきっと行くべきだと渋々言われるのが想像できる。

呑気にお茶を飲んでお話をして終わることはないわね。
私に対して良からぬことを企てて、こんな時期にお茶会をすると考える方が自然だ。
殺されることはないけれど、それに近いことは起こるかもしれない。

「でもクロード公爵の家で私に何かあったら真っ先に疑われるのはクロード公爵家の人間だわ。なのにお茶会をして、私に何かするってことは普通はありえない‥」

思わずポツリと疑問がこぼれる。

クロード公爵家で働いてる者に罪をなすりつけて逃げ切るつもりなのか。

もしかしたらアリアがウィルがエスコートを断ったことへの嫌がらせでお茶会をするのかもしれない。

それならば口撃だけで済むけれど。
どうしてもクロード公爵家には警戒して、考えすぎてしまう。

お茶会のドレス、それに私の護衛はどうしよう。
ウィルはダメよね、流石に‥。

ウィルを連れて行きたいところだが、アリアを間違いなく傷つけることになる。
そこまで悪魔にはなりたくない。

護衛はウィルに決めてもらったほうが確実だ。
そうなれば、まずはドレスを決めなければ。

「侍女を呼んでちょうだい」

別室で控えている侍女を呼びつけて、早速ドレスの打ち合わせをする。


「何かあったら絶対に知らせて下さいね」
「もうわかってるわよ」

朝からこの会話を何度したことか。
心配してるのはわかるけれど、子供じゃないんだから一回言えばわかるのに。

迎えたお茶会当日。

この日のために新しく用意したドレス。
髪型も普段よりも凝ったものにして、アリアに馬鹿にされないように完璧に仕上げた。

結局、護衛はウィルの信頼できる部下にお願いした。ウィルは最後まで自分が行くと主張していたけれど、なんとか説得させてクロード公爵家の前で待機するということで落ち着いた。

「じゃあ行ってくるわ」

馬車がクロード公爵家の前に止まる。
「私が何かあったと判断した時は勝手に乗り込みますので」
「‥勝手にしてちょうだい」

馬車から降りるために伸ばされた手に自分の手を重ねる。
そう、何かあったらウィルがこの手で助けてくれる。

「行ってくるわ」

リリィはクロード公爵家に足を踏み入れる。


クロード公爵家自慢の薔薇が咲き誇る庭。

「ごきげんよう」
リリィがお茶会の場所に現れると既に席は残り一つになっていた。

「ごきげんよう、リリィ様」

アリアも含め、皆一斉に立ち上がり礼をする。

やっぱり今日招待された令嬢たちはアリアの取り巻きね。
リリィが王族のため形式的に礼をとりつつも誰も目が笑っていない。

「リリィ様、お待ちしていたわ。ほら、座ってくださいな」

リリィが席につくと、

「みなさま、今日は集まっていただきありがとございます。今日は楽しくお話しましょう?こうしてリリィ様もいらっしゃることだし」

アリアが楽しそうに言う。
ウィルが家に来なかったこと建国祭のエスコートを断られたことに対してアリアは内心怒り狂ってるに違いない。

アリアは何をするつもりなのかしら。
やっぱり嫌味を言われるだけ?

お茶会の場所は外だし、すぐ後ろに護衛も控えている。

どうにかなりそうだと少しホッとする。

けれどアリアのウィルに対する執着がどれだけのものかリリィはまったくわかっていなかった。

特別に取り寄せたという紅茶を飲んだふりをしながらアリアの話に耳を傾ける。

「それで皆様は次のドレスはどういうのにするか決めてらっしゃるの?」
「私はもう決めましたわ。ここ最近人気のデザイナーに頼みましたの」
「まぁ、それって予約困難って言われてるところかしら?ルイーズ様、すごいわ。」
「そういうアナ様だっていつもドレス素敵よ」

アリアの取り巻き達が楽しそうに会話をし始めると、
「まぁ、皆様もう決めているのね。でも、ルイーズ様の人気のデザイナーて言ってもその辺の娘に人気ってだけでしょう?」
「そ、そうですわね、もちろんでございます‥アリア様には敵いませんわ」

アリアの発言に慌てて返すハリス家のご令嬢。
なんという空気なの…。
アリアのお茶会ってまさかいつもこんな感じだったりするのかしら。
まだ私への皮肉と嫌味を言われている方がよかったのかもしれない。
アリア以外、みんな引き攣った笑みを浮かべアリアの機嫌を損ねないようにしている。

この関係性なら全員で私に何か仕掛けてくることはなさそうね。
注意深く観察するが今のところ怪しげな動きはない。

その後もただアリアの自慢話に付き合わせられるだけでなにも起きない。

早く終わってほしくて時計を見ると、そろそろお開きにしてもいい時間だった。
けれど、アリアはお茶会を一向に終わらせようとしない。
むしろ、どんどん話題を変えて終わらせないようしているようにも思える。

もしかしてアリアは何かを待っているのでは、そんな疑問が出てくる。

でも、何を待っているの?外だから暴漢を装って私を襲う人物を待ってるとか?

色々な考えがリリィの頭に浮かぶ。

そんな時、侍女が来てなにやらアリアに耳打ちをした。それを聞いたアリアが歪んだ笑みを浮かべる。

「私、そろそろ帰ろ‥「そうそう、今我が家に滞在している子を紹介しようと思っていたのよ。ちょうど帰ってきたみたいだわ」

帰ろうとするリリィの言葉に被せ、アリアが言う。
まるで忘れていたかのように言うがその表情と言い方から今日のお茶会の目的はその人物と私を会わせることが目的のようだった。

クロード家に誰かが滞在してるなんて情報はなかったはず。
つまり、私と会わせてることで何かが起きるってことね。

何が起きてもいいように護衛と目配せをして警戒する。

侍女に連れられて来たのはフードを被った人物。

「遅いわよ。何していたの?」
「申し訳ございません」

氷のように冷たい声、感情がないようだ。
この声は女性かしら‥?女性で私に会わせたい人物‥。

「まぁいいわ。ほら、早く挨拶しなさい」

アリアがそういうと彼女はフードを取った。
真っ白な髪が風に靡く。

「初めまして、アリア様の元に滞在させていただいております。ユリアと申します」
「彼女は人間なのよ。訳があってクロード家に滞在してるの。私達が人間と関わることはないでしょう?だから、皆様に紹介したくて、それと彼女は‥」

アリアはそこまで言って一度口を閉じる。
そしてリリィの視線を向けてからこう言った。

「魔術師なの」

その瞬間、ユリアが聞いたことのない言葉を発する。
リリィがまずいと思った時には遅かった。後ろにいた護衛達がみな倒れる。

「さようなら、リリィ様」

ヴァンパイアの力で彼女の詠唱を止めようとする。
しかし間に合わず、リリィの体から力が抜け地面に崩れ落ちた。

意識はあるけど、力が全く入らないわ‥。
片手をつき、なんとか顔を上げる。

「な、何をしたの‥」
「何もしてないわよ。ねぇ、みなさん?あなたが勝手に倒れたのでしょう?」
「ふざけないで」
「ふざけてるのはどっちかしら?私の邪魔を何度もして。ウィル様は私のものよ」
「ちがうわ‥ウィルは誰のものでもない」
「ほんとっ!うざいわね。まぁ、いいわ。苦しみながら死んでね、リリィ様」

体がおかしい‥。力が入らないだけじゃない、感じたことのない倦怠感が襲ってくる。
まるでヴァンパイアの力を使いすぎた後のように体が重いわ。
もしかして、ヴァンパイアの力を放出させて、そのまま死なせるつもり…?
そんな魔術があるなんて、ヴァンパイアの力より厄介じゃない。

今すぐに血を飲まないと死ぬ。
既に視界は黒く染まり始めていた。


「ここで私は殺すのは得策じゃないと思うわ‥」

視界が歪む。なんとかアリアの方を向きながらリリィが言う。

「なんのことかしら?私が殺すんじゃないわ、あなたが勝手に死ぬのよ」
「‥許さない」

こんな死に方だけは嫌。
力を振り絞ってアリアを睨みつける。

その時、何人もの足音と声が聞こえてきた。

「何をしている!」
「全員動くな!」

クロード家の外で待機していた騎士が来たようだ。
よかった、これで‥。
安心からか手の力が抜けてまた地面に顔を打ちそうになるが、
「姫!何があったのですか!!しっかりしてください!!」
ウィルがしっかりとリリィを抱き止める。

「何があったか説明するほど元気じゃないわ‥それより‥血‥持ってない?」

「持ってます!飲んでください!!」

リリィの意識はもう限界だった。

ウィルがリリィの口に小瓶を近づけて血を飲ませる。

しかし、
「ゴホッ」
飲み込めないでそのまま吐いてしまう。
血を体が受け入れない‥。

「姫‥?!」
「そういうこと‥私に‥呪いをかけたわね‥」

血を受け入れなくなる呪い。
これなら私はアリアの言う通り勝手に弱って死んでいく。

「後はお願いね、ウィル‥」
「姫っ!しっかりしてください!!姫!リリィ様!!」

そうしてリリィの意識は暗闇に落ちた。

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