永遠に愛を貴方に捧げて


クロード公爵に娘は一人しかいない。
アリアのことだわ‥。

昔からアリアとは交流があったが、あの我儘と計算高さはリリィとはどうも合わなかった。

アリアもアリアで私のことを気に入ってないようだし‥。

ウィルがアリアの婿になるのはちょっと嫌だわ。

「おっと、噂をすればウィルじゃないか」

お兄様のその言葉に後ろを振り向くと、ウィルがこちらに向かって歩いていた。

そして私達の前まで来ると、ウィルが書類をお兄様に差し出す。

「例の件について、纏めておきました」
「さすが仕事が早いな」
「いえ、」

お兄様も背が高いのにそれよりも背が高いウィル。

黒い騎士団の服に金色の腕章、とてもウィルに似合っている。

「この件については後で国王に俺から話しておく。ご苦労だった」
「ありがとうございます」

一礼をしたウィルはそのまま立ち去ってしまう。

隣にいる私は無視?

なぜかウィルはお兄様と私が一緒にいると私に話しかけてこない。

視界にすら入れている気がしない。

「ったく。リリィ、ウィルを追いかけて一緒に昼食を食べましょうって誘ってこい」
「‥?わかりました」

どうしてかしら。

理由がよくわからないまま、お兄様の言う通りにウィルを追いかける。


「ウィル!」

相変わらず歩くのが早い。
なんとかウィルを見失わずに名前を呼ぶ。

「どうしたのですか?」

私の声に気づいて、ウィルが立ち止まる。

「一緒にお昼を食べましょう。ちなみにウィルに拒否権はないわ。お兄様の命令だもの」
「ルーク王子が…はぁ、わかりました」
「ため息なんてついちゃって私と食べたくないの?」
「そういうわけではありません。どこで食べるのですか?」
「天気が良いから外がいいわね」

たくさんの薔薇がある庭は私のお気に入りの場所だ。

「かしこまりました」

庭に移動すると後ろに控えている侍女達が早速、準備に取り掛かる。

そこそこ力を持っているヴァンパイアは口に出さなくても、相手に伝えることができる力を持っている。

その力によって厨房にいるシェフに庭で食べることを伝えると10分もかからずに美味しそうな食べ物がテーブルに並んだ。


「みんなありがとう。さぁ、ウィル食べましょう」

私がそう言うとウィルは何も言わずに椅子を引いてくれる。

こういう所も流石としか言いようがない。

整った容姿だけじゃない。
これは令嬢達に人気が出るわけだわ。



「ウィルの午後の予定は何?」
「稽古と防衛費の予算会議です」
「相変わらず忙しいのね。私とは大違いだわ」

大抵自由なリリィ。
父である国王やお兄様は政治に携わっているけれどリリィは関わることができない。

王族として、そして女として生まれた私に求められているのは姫という椅子に座っている事だけ。

誰も私自身を必要としていない。

でも私はヴァンパイアとしての力はウィルよりも強いからいざとなったら役に立つはずだ。

それにこうやって自分を卑下してるとウィルに気を使わせてしまうわ。

「そういえば、来週のパーティー参加するの?」
「警備としてですが」
「あら、警備だなんてウィルと話したい令嬢たちが泣いてしまうわね。…そういえばアリアも出席するわね」

アリアのことだ、ウィルが警備してることなんて御構い無しに話しかけに行きそうだ。

「なぜ、アリア嬢が出てくるんです?」
「だって、縁談を申し込まれているのでしょう?」

私がそう言うとウィルはあからさまに顔をしかめた。

「姫は、それを聞いて特に何も?」
「そうね、アリアはちょっと私とは気が合わないけどウィルとは合うならいいと思うわ。公爵家の娘ですし」
「…そうですね。姫はやはり姫です」
「あら、それは褒めてるの?」
「褒めてません。むしろ、呆れてます」

ため息をつきながら言うウィル。
綺麗な深緑の瞳は他に何か言いたそうだ。

けれど、何も言わずそのまま立ち上がる。


「仕事があるのでお先に失礼致します」
「え、もう行っちゃうの?」
「申し訳ありません」

申し訳ないと思っていない顔でそう言ったウィルは礼をしてから行ってしまう。

「何よ…」

呆れるようなことなんて言ってないわ。
それに行っちゃうし…

「ウィルのバカ」

思わず呟いた言葉は誰にも聞かれずに風が攫っていった。




王宮主催のパーティー当日。

たくさんの人が城へと入るのをリリィは自室の窓から眺めていた。

「はぁ…」

たくさんの人が来てるということは、それだけの人と言葉を交わさなければいけないということだ。

王族である以上、みんなが挨拶に来る。

「出たくないわ…」

満足に食べることもできず、いつも終わる頃には一歩も歩きたくないほど疲れる。

嫌だなぁと思いながら外を見ているとドアを叩く音がして、侍女が入ってくる。

「リリィ様、今夜のドレスはいかが致しましょう?」

「目立たないものがいいわね。飛びっきり地味なもの」

誰にも見つからないように端っこに隠れていたい。

「お気持ちはわかりますが、それではリリィ様の美しさが引き立てられませんわ」

「誰かに美しく見られたいなんて思ってないから大丈夫よ」

私が笑いながら言うと侍女は溜め息をついてから渋々シンプルなドレスを持ってくる。

「これぐらいは妥協してください」

持って来たのは、水色のドレス。
レースも少なめでシンプル。

けれど、

「ちょっと胸元開きすぎではないかしら?」

「デザインですとこれが一番シンプルです」

「…わかったわ」


あまり言いすぎるとただの我儘になってしまうので若干納得いかないが受け入れてドレスに着替えはじめる。



髪とメイクもしてもらい、開始時間まで部屋で待っているとお兄様がやって来た。

「もう時間ですか?」
「いや。…ただ鼠が入った」
「鼠…」


鼠というのは招かれざる客が来ているということだ。

本来なら招待状にある特別な印がなければ入れないが偶に上手くすり抜けてしまうことがある。

「それは間違いないのですか?」
「残念ながら、城で怪しい動きをしている男を騎士が見つけて招待状を見せるように行ったところ慌てて逃げたようだ。しかも、その男は誰かと連絡を取っていたらしいから二人以上いる」

「まぁ…」

困ったことだ。
ここは私たちの城。捕まえるのは簡単だが目的が何なのか。

「とりあえず捕まえたらこっちに連絡は来るようにしている。ただパーティーの最中は俺は離れられない。だから、リリィその時は頼んだ」

本当は頼みたくないのだろう。
お兄様の表情はとても複雑そうだ。

「勿論です」

けれど私だって出来るわ。
絶対に目的を言わせてみせる。

リリィの瞳が紅く輝いた。


パーティーは父である、国王がお酒の入ったグラスを持ち上げて始まる。

そこからはずっと次から次へとやってくる人と挨拶を交わす。
次期国王であるお兄様の結婚相手に娘をという人が多く、さらに私にもお兄様に言って上手く娘を紹介してほしいと言ってくるから驚きだ。

「リリィ姫、今日も一段と美しい。私と向こうでお話しませんか?」
「ごめんなさい。今日は遠慮しとくわ」

社交辞令なのか、こうやって私に対して何か言ってくるのが一番困るわ。

美しいなんて本当に思っているのか、結局は私の身分とヴァンパイアの力がほしいだけ。

リリィはもう嫌になっていたが、今逃げ出したら母である王妃からきついお説教を後で受けるのがわかっているので作った笑顔でなんとか頑張る。

ウィルはどこの警備をしているのかしら。
周りを見渡してもウィルは見当たらない。

...ウィルがいないとつまらないわ。

ウィルがパーティーの参加者としていればお話相手になってくれるし、男性に言い寄られても上手く追い払ってくれるのに。

そんなことをぼんやりと考えていると、視界に真っ赤なドレスが入る。

「ごきげんよう。リリィ姫」

ドレスに負けないくらい真っ赤な唇。

アリアだ。



「ご、ごきげんよう。アリア」

嫌味な笑顔をわたしに向けているアリア。
挨拶を返しながら思わず一歩後ろに下がる。

「あら、まぁ。ドレスがとても地味でいらして…私の真っ赤なドレスと比べると見劣りしますわね」

早速アリアの自慢が始まる。

「そうね、アリアに似合ってると思うわ…」
「当たり前ですわ。私に似合わないものなどないですもの」
「…そうでしたわ」

何で私がアリアのご機嫌を取らなければならないの‥。

心の中で溜め息をつく。

「…それより、ウィルさまはどちらに?」

そう言ったアリアは笑みを浮かべながらも視線は鋭い。

「ウィルは本日は警備としてですので、パーティーには参加されませんわ」
「それは残念ね」

残念と言いながら、口角が上がっている。
まるでその答えがわかっていたかのようだ。

絶対に機嫌を損ねると思ったけれど意外だわ。

「残念には見えませんね」

どうして余裕な表情なのか探ってみる。

「だって今夜、私の家にウィルさまが来てくれるの」
「え?」

ウィルがクロード家に…?

「お父様にウィルさまが来るように行って貰ったのよ。…これでウィルさまは私のもの」

また公爵家の力を使ったのね。
相変わらず狡いやり方をするものだ。



「そう…でもウィルにその気がなければ結婚はしないんじゃないかしら?」

つい低い声が出る。
どうしてこんなにムキになってるのだろう。

自分のことなのにわからないと思いながら、アリアを見つめる。

「うふふっ。ウィルさまの家は私より下。なら、私の血はウィルさまにとっては喉から手が出るほど飲みたいはずだわ」


私たち、ヴァンパイアにとって血は何よりも生きていく上で大切なものだ。

しかもヴァンパイアの場合はヴァンパイアとしての力が強ければ強いほど美味しい。

ヴァンパイアとしての力が最も強い王族の次は公爵家、つまりアリアということになる。

身分イコールヴァンパイアの力の強さなのだ。

そして極上の味であればあるほど、それは中毒のようなもので吸血衝動にかられやすい。

さらに吸血行為は痛みじゃなく、快感をもたらす。そのため、そのまま男女の関係へとなることも多い。

「ウィルはそんな軽い男じゃないと思うけれど」

そんな簡単に誘惑されるような男ではない。
それに、この間の反応からしてアリアに好意があるようにも見えなかったわ。


「随分とウィルさまのことをわかってらしゃって。まるでウィルさまは自分のようだと言っているみたいだわ」
「なっ」

クスリと笑って言うアリア。

「違うのなら、口を出さないで下さいませ。貴女とウィルさまはただの姫と騎士の関係、それだけでしょう?」
「..えぇ。確かに私が口を挟むのはおかしいわね」
「私は相手が誰であろうと欲しいものは手に入れるわ。例え、お姫様であってもね...それでは失礼しますわ」

優雅に一礼をしてから去って行くアリア。

欲しいものは手に入れる。
その言葉は自分で手に入れない貴女には似合わないわ。

胸がざわつくのはずっと一緒にいたウィルがいなくなってしまうかもしれないから、少し寂しいだけよ。

リリィは軽く息を吐いてから、また笑顔で挨拶を交わしてく。


しばらくして、一通りの挨拶が終わり自由に動けるようになるとリリィは美味しそうな食べものを取りに行く。

ヴァンパイアにとって、食事はしなくてもいいが人間と同じようにお腹は空くので基本、三食食べる。

誰にも話しかけられないように端の方でレアな赤いお肉を頬張っていると、不意に肩をたたかれる。

「相変わらず驚かすのね、ウィル」
「できるだけ目立ちたくないので」
「ぜひとも町に出かけたときにもお願いしたいわ」

リリィがそう言うとウィルは少し苦笑いして、申し訳ありませんと言う。