様々な種族がいるこの世界。
この世界には王が一人いるわけではなく種族ごとに王がおり、争いが起きないよう上手く調整して世界の平和を保っているのだ。
そしてここはヴァンパイアの住む国。
ヴァンパイアとして生を受け、第1王女でもあるリリィは今日もこっそり町に出かけていた。
「今日もみんな笑顔ね、よかったわ」
リリィは度々町に行き、人々の暮らしを観察する。
何か問題があれば、城に戻りさりげなく王や大臣に伝え対処してもらうために。
そろそろ城に戻って刺繍の続きでもしようかしら、昨日の読みかけの本を読むのもいいわね。
そう思い城に引き返そうとした時、グイッと誰かに肩を掴まれる。
「誰?」
肩を掴んでいる手を払いのけて、振り返る。
リリィの瞳は紅く輝いていた。
「姫。一人で行くのはやめて下さいとあんなに言ったのに、約束を破りましたね」
「ウィル…もう驚かせないで」
怪しい人じゃなくてよかった。
瞳の色がいつもの紫に戻る。
「私の話を聞いて下さい」
「聞いてるわ。だって暇そうにしている人がいなかったんだもの。付いて来てなんて言えないわ」
「私がいます」
「ウィル、あなたは騎士団長なのよ?あなたが一番忙しいはずだわ」
「姫を探しに行くのに比べたら最初から付いて行った方がよろしいと思いますが?」
「っ…」
リリィが言葉に詰まるとウィルは少し口角を上げて勝ったような表情をする。
麗しい黒の騎士。
令嬢たちからそう言われているウィルは自分の容姿がどれだけ整っているのかわからないのか町に出ても容姿を隠そうとしない。
そのせいでさっきから町にいる人々がウィルに視線を向けている。
これじゃあ私が変装している意味がないわ。
「でもウィルと一緒に行くと目立つから、あなたはダメ!」
「なら変装すればいいのですか?」
「っ…ダメ!あなたはダメなんだから!とりあえず戻りましょう。目立ってしまっているわ」
リリィはフードを深くかぶり直して歩き始める。
「姫、何で急いでいるのです?」
「急いでないわ」
意地悪だ。
私がウィルと並んで歩きたくないことをわかっているくせに。
けれど早歩きをして横に並ばないようにしようとするもウィルの長い足のせいですぐに追いつかれてしまう。
「ならそんなに早く歩かれたら転びますよ」
「…子供じゃないもの、きゃっ」
そう言ったそばから、小石につまずいて転びそうになる。
「ほら、言った通りです。危なっかしい」
グイッとウィルの腕がリリィのお腹にまわって引き寄せられる。
「あ、ありがとう…」
ウィルとの距離の近さに思わずドキッとしてしまう。
「まったく子供ですね」
「あら、私はウィルと二つしか変わらないわ。何百年も生きるヴァンパイアにとってその差はないものよ」
「では、レディらしく振舞ってください」
「ウィルの前だけだもの。他の人の前では完璧な私を演じているわ。この間だって、たくさんの人にダンスを申し込まれたし、求婚の手紙だってたくさん来ているわ」
どうだと言わんばかりに口角を上げてリリィが言うも、なぜかウィルは真顔でリリィを見つめる。
「その視線は何?せっかくの良い顔が台無しになってるわ」
「…さすが姫だと感心しているのです」
「私を褒めるなんて珍しい!私を褒めても何もあげないわよ?」
「生憎、欲しいものは自分で手に入れますので」
「嫌味な男ね」
‥なんて、嘘。
リリィはそう言いつつも心の中では真逆のことを思っていた。
ウィルは実力で騎士団長まで上り詰めた。
何もしなくても王女という身分のおかげで不自由なく過ごしてきた私の方こそ嫌な女。
「姫は姫です。だから何も考えないで、そのままでいて下さい。
「え…」
私の心を読んだかのような言葉。
ヴァンパイアとしての力が私の方が強いからウィルが私の心を読むことはできないのに、どうして?
「姫の考えることは顔を見ればすぐにわかります」
そう言ってウィルは優しく微笑んだ。
意地悪な笑みじゃない。
まるで私を愛しむような。
「私は貴方の考えていることはまったくわからないけれどね」
気のせいだと自分に言い聞かせて、赤くなった頬を誤魔化すように言う。
「そうですか?わかりやすいと言われますが」
「そう言った人はよほど貴方のことを見ているのよ」
「なら、姫もわかるように私だけを見ていてください」
「…なっ」
「冗談です」
「もうっ!」
またからかって!とウィルを睨もうとした瞬間、ふとウィルの雰囲気が変わる。
「ですが私の命を助けてくれた姫を私は死ぬまで守ると誓っています。私はずっと姫だけを見ています」
「…ありがとう」
真剣な眼差しで言うウィル。
その言葉の重みに胸に温かさと同時に痛みを感じる。
あなたはきっと真実を知ってしまったら、私を軽蔑し二度とその微笑みを見せてくれない。
だからその時まではーー。
「リリィ!昨日も一人で町に行ったって聞いたぞ!あれほど一人で行くなと言っているのに…」
「お兄様…」
昼下がり、庭で薔薇を鑑賞していると現れたのは私の兄であり第一王子のルークだ。
もうバレてしまった…
「お前が町に行く理由もわかるが一人で行くのは今後一切禁止だ。最近は他の種族との関係が悪化してきているからな。他の種族も自由にこちらの領域に入れる以上、安心とは言えない」
「悪化ですか…?」
「あぁ。特に最近は人間の王がよからぬことを企んでいるという噂をよく聞く」
「…そうですか」
人間…この世界の種族の中で最も弱いとされている種族。
見た目が同じだけに人間とヴァンパイアには大きな隔てのようなものが昔からある。
「心配ない。さすがに人間と戦うことはないだろう。向こうだってそんなバカなことはしないさ」
「そう、ですね」
憎しみが大きくなれば、冷静ではいられない。戦争に勝つというよりは戦うことに意味を持ってしまう。
「暗い顔をして、そんなに一人で町に行きたかったのか」
「え?」
私が暗い顔をしている理由を勘違いしたお兄様が聞いてくる。
「お前の犬を連れて行けばいいだろう?」
「犬?…犬ってまさかウィルのことですか?」
「そうだが。あいつなら気が知れてるし別に構わないだろう?」
お兄様、ウィルのことを犬だなんて‥。
確かに私の元護衛騎士だけれど。
「それにリリィの未来の婿はみなあいつだと噂しているぞ」
ニヤリと笑いながらお兄様が言う。
「え?ウィルですか?ありえませんわ」
容姿も身分も申し分ないが、私達の関係は主従関係以上恋人未満だ。
ウィルは誰よりも大切だけれどそれ以上の感情はないし、これからも持ってはいけない。
「…相変わらずウィルが気の毒だ。なら、リリィにはたくさんの縁談が飛び込んでいるから受けてもらわないとなぁ。父上も娘が早く結婚しなければ不安だろうし…」
「嫌です。いつかは必ず結婚しますがそれは今ではありません。国のためなら話は別ですが」
「そんなこと言って、ウィルもクロード公爵直々に娘をどうかと言われてたぞ。先を越されるんじゃないか」
「えっ?クロード公爵の娘?!」
思いがけない言葉に思わず大きな声を出して反応してしまう。