あたたかいコーヒーと廣瀬さんの話が、身体に吸収されていくのがわかるようだった。
じんわり沁みるそれを感じていたら、廣瀬さんが思いがけないことを言い出して、危うく吹き出しそうになる。

「西永さんは、箱根駅伝が苦手なんですよね?」

「ぶっ! ………なぜ、それを」

「すみません。社食で話してるのを聞いてしまいました。あのとき、すぐ後ろにいて。あ、大丈夫です。下柳さんはいませんでしたから」

桝井さんが辺りを見回して確認したはずだけど、その目をかいくぐる存在感のなさ。

「今後発言には気をつけます……」

「やさしい考え方をするなあって、聞いてました」

そんな立派なものではないので、居心地の悪さからペコペコ紙コップを弄んだ。

「観ていいんですよ、箱根駅伝」

私の顔を覗き込むようにちょっと顔を傾けて、うれしそうに笑う。

「むしろ観てあげてください」

その笑顔に引き寄せられるように、廣瀬さんを見つめた。

「陸上の長距離は本当に地味で、高校生なんて今時まだボウズだったりするんです。体育系の名門校でもモテるのは野球部とサッカー部ばかり」

「モテたかったですか?」

「そんなの当たり前じゃないですか」

廣瀬さんは不貞腐れたように顔を歪めるけど、モテてこなくて良かったと、私はこっそりほくそ笑んだ。

「だけど箱根に出場するような大学の陸上部は、いつも注目してもらえるし、ファンまでいるんですよ。夢のようです。脱水症状になったり、襷が切れたり、もちろん見られてうれしいものではありませんが、それはただの結果。あんなに注目されて、応援してもらって走れる場所なんて他にないんです。興行としての側面があることも、みんなわかってます。だから、観て楽しんで応援してくれれば、これほどうれしいことはありません」