「俺はね、物事には必ず対価を支払う必要があると思ってる。何か頼まれたらやってもいい。でもやるからには対価をしっかり要求する。でも長時間待機は別ね。金払えば待たせてもいい、なんて思われちゃ困るから。あれはある程度ガイドラインを定めて、例えば三十分待機したらその分待機料もらって、それ以上待たされるなら、仕事はキャンセルして帰る、とかね。そうしないと次の仕事に差し障るから。待機させられてるのは何も乗務員だけじゃないんだ。配車担当だって待たされてる。完了報告受けるまで帰れないからさ。こっちにも待機料もらいたいよな」

「そうですねー」

当たり前だけど、牧さんも大変なんだな。
いつもふわふわ笑ってるから、ストレスなんてなさそうに見えるけど、仕事していればそんなわけない。

下柳の言ってることはわかる。
おそらくは正しい。
だけど、なんだか心に響かないのは、それがど正論だからかもしれない。
牧さんなら同じことを言っても、もっとすんなり納得できる、別の切り口を持っている気がする。

「あんたたちはいつもかんたんに電話を回してくるけど、俺たちはそのたびに苦労させられてるわけ。もっとそれをわかってほしいな。そうすれば電話口での態度ひとつとっても、もっと変わってくると思う」

「はーーーい。わかりましたー。すみませーん! カシスウーロンひとつー!」


トイレの洗面台でおのれの身体を支えていると、園花ちゃんが心配そうに飛び込んできた。

「西永さん! 大丈夫ですか?」

「大丈夫。……多分」

なぜか酒豪に見られるのだが、さほど強くない私。
自覚はあるのでこれまで酷い目にあったことはないけれど、ここが引き際であると感じていた。
老兵は死なず、ただ帰るのみ。

「下柳さんにずっと付き合ってるなんて、悪酔いもしますよ」

「ああ、うん。そうだったね」

下柳の話は半分ほど聞き流していたので、さほどのダメージは食らっていない。
私を疲弊させたのは、別の人物だった。
楽しそうにしてたなあ。
全然聞き流してなかったなあ。

「園花ちゃんは二次会誘われてたよね? ごめん、私は帰るから牧さんにそう言っておいて」

二次会になんて行ったら、見たくもない光景を見せられて、ますます具合が悪くなりそうだ。