「夢って、叶って終わりじゃないですもんね。そのあとの人生の方が長いし」

そこが映画やドラマと違ってつらいところだ。
最高地点で人生を終えられるわけではなく、そこから大変なことも嫌なこともまだまだある。
簡単に死ねればいい方で、長く病気で苦しんだりすることもある。
現実はつらい。

「そうですね。90%くらいはつらいかな。でも残りの10%で90%をひっくり返せるのも夢の舞台です」

「箱根駅伝?」

「もちろんそれが一番だけど、最初に感動したのは冬に走れたことです」

どういうこと? とグラスに口をつけながら目で問う。

「俺、出身が東北なんです。そんなに豪雪地帯ではないんですけど、解けた雪が凍って路面がボコボコになるから、歩くのも大変なんですよ。とても走れない」

「野球やサッカーなんかでも聞きますよね。雪国は不利だって」

「はい。だから大学に進学した最初の年の冬、ずっと走れるのがうれしくて」

半月より細く、三日月よりは太い、五日目くらいのお月様みたいな目で、牧さんは顔を綻ばせた。

「それが当たり前の人もたくさんいるのに」

グラスを揺すって氷でファジーネーブルを混ぜる。
そんなの、やっと同じラインに立っただけじゃないか。

「感動できた俺の方が得だと思いませんか?」

「思いませんね」

「あれ、そうですか」

「でも、きっと本当にうれしかったんだろうなあ、って、それだけはわかりました」

十年以上経っても、頬を少し紅潮させるほどの感動。
そういうものが私にもあっただろうか。
たいそうな名前に反して、まともに夢を持ったことすらない私には、夢を追う姿だけで眩しい。
私の人生を振り返ってみたけれど、かじったごま手羽の味の方が濃いくらい薄っぺらだった。