「こんばんは」

深海との約束通り、次の週わたしはシーズンズに出勤した。
深海はお店裏のパソコンの前でカップラーメンをすすりながら、怪訝そうな顔でわたしを一瞥する。

「おはようございます」

「はい?」

「この世界、夜に出勤してきても挨拶はおはようございます、だから」

そんな事も知らんのか、と呆れ顔

「はぁ、すいません」

最初のお店の初めての店長。
少し長めの黒髪、眼鏡の奥の何を考えているかわからない細い瞳。
最初は好きになれなくて、どこか冷たいイメージしかもてなかった。

深海は基本的な接客やお酒の作り方、煙草の火のつけかたをわたしに教えてくれた。やることはとても単純で、お酒を作ってお喋りをする。それなのにわたしに提示された時給は少し驚くものだった。
一通りお手本を見せた後、放り投げるようにお店のドレスルームに連れて行かれた。ずらっと並んだ煌びやかなワンピースは小さなお店が開けそうなくらいあった。


「ドレスはそこにかかってるの、どれでも好きに着ていいから。週末に全部クリーニングに出すから、終わったらもとに戻しておいて」

「はぁ…」

先ほど、初めて行ったお店のセットのお姉さんにふわふわの巻き髪にされた。勿論他人に髪のセットをされたのも、こんな髪型をしたのも生まれて初めての経験で、目の前にある煌びやかな衣装を身にまとうことだって初めてだった。
 
正直自分に似合う服がわからない。
裾を掴み、目の前のワンピースとにらめっこをしていると、さっと水色のワンピースを手に取った女性と目が合った。