「綺麗だったんです」

「綺麗?」

「4月に咲く、桜が、とても綺麗だったんです」

「あぁ。さくらさんの出身地はもっと桜が咲くのが遅いんだね」

「はい。桜は5月に咲くのが普通の場所で育ってきましたから。
こっちに用事で来ていた時初めて4月の桜を見たんです。その時一緒にいた人と綺麗だねって笑いながら話していて、あの桜を忘れられなくて」

「それは一緒に見た人が大切な人だったからなのかなぁ」と、小笠原は独り言を呟くような口調で言った。

小笠原の顔をじぃっと見つめると、彼は微笑みながら首を傾げた。 そして続けた。

「大切な人と見た景色程いっそう鮮やかに見えたり、心に残ったりするんだ」

「楽しかったり、嬉しかったりする思い出が多いほど、それを失った時一緒に見た風景が強烈に記憶に残ったりするのかもしれません。
だからあんなに綺麗だった風景が悲しく記憶では残っているのかなぁ…」

「君は大切な人を失ったの?」

「…なんて、わたしの話はどうでもいいですよ!」


空を仰ぐように揺れていたあの薄紅の花。
風の優しく吹く河原で寝っ転がって2人で見た。
花びらが口元に落ちてきて、指で挟んで笑いかけてくれた。
一緒にいたはずなのに、一緒にいてくれたはずの人はもう側にはいない。
それでも日々薄れゆく記憶の中で揺れるあの風景は怖いくらい綺麗だった。