深海からさっき渡された空名刺を差し出す。
もちろん印字された名刺なんか持っていない。なので何も書いていない名刺に自分でさくらと書いた。

「綺麗な字だね」

名刺を受け取った男は、1番わたしの字を褒めてくれた。

「そんな…ことないです…」

「いやいや本当に。
若そうに見えるのに今時の子でこんな綺麗な文字を書ける子がいるんだなって感心してたところ。
僕の名前は小笠原と言います。君のお父さんと同じ位の年齢かな?よろしくね」


そう言いながら差し出された名刺には‘小笠原 巧’と名前の上に代表取締役と小さく書かれていた。

「好きな物を飲んでください」

こんな小娘にも丁寧な言葉を使い、居やすい雰囲気を作ってくれるような人だった。
飲み物を頼んで乾杯をした後も小笠原はずっと話しやすい空気で接してくれた。
年齢は?出身は?趣味は?なんて他愛のない話ばかりだったけれど、話し上手で聞き上手な小笠原にリードしてもらいながら、さっきまで泣いていたのが嘘のように楽しく会話をすることが出来た。

一通り話した後、ウィスキーのグラスをカランと揺らしながら小笠原は尋ねた。

「ところで、さくらさんと言うのは源氏名?深海くんがつけたのかな?」

「いえ、これは自分で決めました。源氏名です」

「何故、さくらとつけたのかな?」

あ、またデジャブ。
深海も皆、皆、なぜこの名前にそんなに反応するんだろう。
不思議でたまらなかった。