「ちょっと~!この子変えてよ~!」

悪びれなく男はそう言い放ち、深海がやってきて「申し訳ありません」と頭を下げた。
「もう少しちゃんとした子雇ってよ、深海ちゃ~ん」
わたしはもう放心状態で動けなかった。そんなわたしの体を支えるように深海はしっかりと掴み、男にペコペコ頭を下げて謝っていた。頭が真っ白になって、その後のことはよく覚えてない。
子供のように涙を流したわたしの手を引っ張り、バックヤードに連れて行かれた。

ずっと見当違いのことばかり考えていた。

何で深海は悪くないのに謝っているのだろう。わたしが気に入らなかったってあんな言い方はない。始めたばかりだから何も出来なくて当然なのに。
あの頃のわたしは自分を守り、自分を正当化することしか考えていなかった。

「さくら、だいじょうぶか?」

いつもぶっきらぼうな深海が眉毛を下げて困ったように水を差しだしてきた。
身体の震えはまだ止まってなかったけれど、涙を腕で拭って深海から受け取った水に口をつける。

「…ごめんなさい…」わたしが悪いのに深海さんに謝らせてしまって…。そんな気の利いた言葉の1つも出てこなくて、ただひたすらにごめんなさいと繰り返すわたしに深海は「さくらが謝ることじゃないよ」といつもより優しい口調で言う。それがなんだかすごく悔しくて、涙が止まらない。

「はるなのあの指名客ははるな以外にはいつもあんな感じなんだ。気にすることはない。さくらは今日が初めてだったのに、俺の配慮不足だ。申し訳ない。」

そう言うとゆっくり煙草に火をつける。

紫煙がゆらゆらと天井を揺れて消えていった。ぼんやりそれを眺めながら、やっぱり自分の気持ちを深海に上手く伝えられない。そんなわたしに1番困ってるのは深海だ。…情けない。

「頼むから、泣かないでくれ」

また眉毛を下げて困ったように笑う。細くて鋭い目が怖いと思っていたけれど、垂れ下がった目は優しくこちらを見つめていた。

その時だったバックヤードのドアが乱暴に開いて、鬼の形相をしているはるながヒールの音を立てながら入ってきた。

じろりとわたしを睨んだ後、深海に詰め寄った。