「はいはい」
「山田さんですよ」
「わかってるわよ」 わかっていることを言うなというように綾乃が自分よりずっと背の高いその男を睨む。男は身をひいて、ひゅっと小さく口笛をふいて「怖い怖い」と両手を綾乃の前に小さく上げる。はぁ~っと吐いたため息はさっきのわたしが吐いたため息よりずっと大きかった。
「いま卓で深海さんと話してますよ~!いや毎日ご苦労様です」
「あんたの顔がにやけてんのがむかつく」
「はは。いつも売り上げ貢献ありがとうございます」
綾乃の拳が男の腹に入って、大げさに痛がるふりをした。綾乃はハイヒールをコツコツと大袈裟に鳴らしながら消えていく。
「山田さんは綾乃の上客。ほぼほぼ毎日お店にくるんだ」美優がわたしに耳打ちをする。
「へぇ」
「ただちょっとめんどくさい人なの~。
まぁキャバにくる客ってたいがいめんどくさいんだけどねぇ~!
あ!高橋くん、この子さくら。今日から入ってきた子ねぇ~!あんたと同い年みたいよ~。お店では20歳でやるみたいだけど」
え?!美優の言葉に一瞬耳を疑う。
目の前のいかつい男。高橋というスキンヘッドに鼻ピアス…こいつがわたしと同い年?
高橋はわたしの目の前へやってきて、顔を覗き込む。…だからどうして皆人を見るときこんなに近いんだよ。夜の住人とやらは距離感という言葉を知らないのだろうか。
「ふぅん。てかさくらさん野暮ったいねぇ~」
思ってはいても口に出してほしくない言葉はこの世にたくさんある。そんなのにいちいち動じている自分は嫌い。それじゃあ何のためにここにいて、誰のためにやりたくもない仕事を選んで、あえて自分から傷つかなくちゃけないんだろう。
でも高橋の言葉はいつだって直球で、自分の中にあったちっぽけなプライドをずたずたと引き裂いてくれていった。けれどいらないプライドは持つものじゃない。って気づき始めたのはいつ頃だったのだろう