そこに捨てられていたのは人形の頭だったのだ。


耳も目も鼻もついていない、輪郭だけの顔。


それには見覚えがあった。


定期購読ドールで届いた顔だ。


目や鼻の部分はポッカリと穴が開いていて、これから届くパーツを入れるようにできている。


「人形の顔……? それにしては気持ち悪いな」


和明はそう言い顔をしかめた。


どうしてこんなところにドールの顔があるんだろう?


もしかして、千夏が捨てた?


穴の開いた顔なんて、和明の言う通り気持ち悪いだけだもんね。


「さぁ?」


それならあたしも捨ててしまおう。


アケミはそう思い、家へと歩き出したのだった。
☆☆☆

「あれ? ここに置いといたハズなのに……」


和明と別れて家に戻って来たアケミは首をかしげていた。


捨てられていたドールの頭を見て自分も捨ててしまおうと思ったのに、置いておいた場所にないのだ。


頭が届いた時は気持ち悪くて、組み立てずに部屋の隅に投げていた。


それからいじっていないのに……。


「お母さん、部屋になった人形の頭知らない?」


早番から帰って来た母親へ向けてそう聞くと「あぁ、あれ? 気持ち悪いから捨てたわよ」と、言われた。
どうやら、ゴミ捨て場にあったのはアケミのドールだったようだ。


「人のもの勝手に捨てないでよ」


「いいじゃない。部屋の隅に投げてあったんだから」


そう言ってお茶を飲む母親に、ムッとした表情になるアケミ。


ドールを捨てられた事よりも、無断で部屋に入られた方が嫌だった。


「今回は許してあげる」


アケミはそう言うと、大股で自室へと向かった。


顔を捨てられたのなら、組み立てていた胴体だってもういらない。


これから届くパーツも、全部捨ててしまおう。


そう思い、アケミはドールをゴミ袋へ詰め込んだのだった。
翌日。


A組の教室へ入ると普段よりも騒がしさを感じた。


見るとクラスメートたちがアケミの机の周りに集まってきているのだ。


「みんなどうしたの?」


そう声をかけながら席へと近づいていく。


「ちょっと、アケミ。何したの?」


輪の中にいた千夏がそう声をかけてきた。


「何って……?」


首を傾げながら輪の中へと入って行くと、机の上に捨てたはずのドールが置かれているのが目に入った。


「え……?」
小さくそう言い、立ち止まる。


顔と体が離れた状態で、机の真ん中に置かれているドール。


しかも、ドールの顔はひび割れてそこから血のような赤い液体が流れ出しているのだ。


「なにこれ!」


悲鳴に似た声を上げて後ずさりをする。


「これ、アケミに届いたドールじゃないの?」


「似てるけど……でも、ドールは昨日捨てたもん!」


「え……?」


「捨てたのに、どうしてこんなところにあるの!?」


こんなことをするなんて、誰かのイヤガラセだとしか思えなかった。


アケミは教室後方へ走り、ゴミ箱を手にして戻って来た。
ドールの顔から流れ続けている液体に吐き気を感じる。


頭の中に赤い絵の具でも入れたのかもしれない。


こんなことをするなんて、悪質だ!


そう思いながらどうにかゴミ箱へと移動した。


机の上に流れた赤い液体を雑巾でふき取っても、まだ気持ち悪さは残っていた。


「もしかして、涙か内田が……?」


千夏の言葉にアケミはハッと息を飲んだ。


昨日、涙とバッタリ会ったことを思い出す。


だけど涙が憎んでいるのはカナの方だ。


だとしたら内田が?


内田に家を教えたことはないが、調べるくらい簡単にできるだろう。


「そういえば、今日は涙が学校に来てるらしいよ」


「え?」


千夏の言葉にアケミは目を見開いた。
もう二度と学校へは来ないだろうと思っていたのに。


「このタイミングで登校してくるなんて、おかしくない?」


千夏の言葉にアケミは頷いた。


確かにその通りだ。


このドールを机の上に置き、アケミの反応を見るために来たのかもしれない。


そう考え始めると、そうだとしか思えなくなってくる。


内田は今日も休んでいるし、そうするとやっぱり涙の方が怪しい。


「今日の放課後、涙を呼び出そう」


アケミはそう言ったのだった。
☆☆☆

休憩時間、アケミは一度捨てたドールをゴミ箱から引っ張り出し、透明な袋に入れ替えた。


これは立派な証拠になる。


放課後、涙に突き付けてやるのだ。


「アケミ、それ……」


今朝の騒動を知っている和明が心配そうに声をかけてきた。


「ちょっとね」


曖昧な返事をしてほほ笑むアケミ。


あまり話しすぎると、涙を呼び出していることがバレてしまう。


「大丈夫なのか? それって、昨日ゴミ捨て場で見た人形だろ?」


「元々はあたしのものだったの。だから平気」


「本当に?」


和明の言葉にアケミは頷く。
可愛らしく怖がってみてもいいけれど、それで和明が犯人捜しなんてしはじめたら面倒だった。


犯人はもうわかっているし、仕返しも自分でやった方が効率的だ。


「心配かけてごめんね? だけど、助けが必要な時はちゃんと言うから」


アケミは可愛いらしくそう言って見せたのだった。