四畳半の和室には電気もともされておらず、一本のロウソクの心もとない明かりが広がっていた。
背の低い長テーブルの上に置かれた写真立ての中では、少女がほほ笑んでいる。
立てられたロウソクの炎はゆらゆらと揺れて、写真の中の少女の顔を歪ませて見せた。
「……だい……きっと……」
テーブルの前にあぐらをかいて座る1人の男がブツブツと何かを呟き、時折少女の写真に触れ、ほほ笑んだ。
その口もとは奇妙に歪み、いびつな笑みを見せていたのだった。
☆☆☆
「昨日は面白かったよねぇ!」
1年A組の教室内で相原アケミの賑やかな声が聞こえて来た。
「ほんと! 内田ってばトロイんだから!」
その声に反応してそう答えたのは野田千夏(ノダ チカ)だった。
二人は幼稚園からの幼馴染で、高校生になった今も仲よしだ。
アケミは長い髪の毛を一つにまとめて、グレーのリボンを付けている。
千夏は正反対にショートカットで、ボーイッシュな見た目をしていた。
「『返してよぉ! 返してよぉ!』って、半泣きになってたよね」
千夏が昨日の内田の物まねをして爆笑する。
それを見たアケミは体をくの字に曲げて笑い転げた。
「数学の教科書盗られたくらいで泣くなんて、男じゃないよねぇ」
ひとしきり笑ったアケミがそう言い、深呼吸をする。
「昨日あれだけイジメてやったから、今日は来ないかもね」
「来なくてもいいじゃん別に。内田がいたら教室の気温が上昇するんだから」
「女とは思えないくらいデブだもんね!」
二人の笑い声が教室中に響き渡る。
「あ、それ買ったのか?」
笑い声が途絶えた時に聞こえて来たのは、高橋和明(タカハシ カアズアキ)のそんな声だった。
和明は杉田良樹(スギタ ヨシキ)の席の前に立っていて、目を輝かせている。
「ずっと気になってたから、昨日本屋に言って来たんだ」
良樹は、弾んだ声でそう答えた。
楽し気な会話に興味を持ったのはアケミの方だった。
「二人とも、なんの話ぃ?」
そう言いながらアケミが近づくと、良樹は自然と緊張した様子で背筋を伸ばした。
「組み立てられるロボットだよ」
答える声も先ほどまでと違って緊張感を持っていた。
それだけでアケミたちがA組のクラスカースト上位なのだとわかった。
「ロボット?」
そう声をかけてきたのは千夏だった。
いつの間に移動してきたのか、アケミの後ろから顔をのぞかせている。
「毎号雑誌の付録についてくる部品を組み立てるんだ」
和明が緊張している良樹の代わりに答えた。
「あ、これ見たことある! ロボットのピート君だ!」
千夏が雑誌に乗っているロボットを指さしてそう言った。
「そういえばテレビで見たことあるかも。へぇ、これを組み立てることができるんだ?」
アケミもそのロボットに見覚えがあったようで、好奇心から瞳孔が開いている。
「うん。毎号買うとなると、ちょっと高いけど」
良樹がようやく表情を柔らかくしてそう答えた。
アケミたちだって、むやみに人をイジメているワケではない。
「あたしらも買ってみない?」
ピート君の可愛さに魅入られた千夏がアケミへそう言った。
「いいけど、高いんだよね?」
アケミは良樹へ再確認する。
「うん。初回は400円で買えるけど、次号からは1500円かかるよ。それが月に2冊ずつ発売されて、終わるのは1年後だから、えーっと」
頭の中で計算し始める良樹に対して「あー、もういいよ、高いのはわかったし」
と、アケミは言った。
金額の高さのせいですでに興味を失ってしまったようだ。
「結構高いんだねぇ。ピート君可愛いのに」
千夏はまだピート君に未練があるようで、雑誌をジッと見つめている。
それを見た良樹が雑誌を自分の方へと引き寄せた。
奪われてしまわないか不安になっているのが、表情でわかった。
「組み立て系の雑誌は他にも色々ある。安い物も発売されてるよ」
良樹が千夏へそう声をかけた。
「そうなんだ?」
「うん。CMでも結構やってるし、書店に行けば並んでる」
「アケミ、書店に行けば色んなのが売ってるって!」
千夏は再び目を輝かせ、アケミへ向けてそう言った。
「ピート君くらい可愛いのがあればね」
アケミはそう答え、自分の席へと戻って行ったのだった。