祝福だとか、呪いだとかそんなの裏を返せばその言葉達は同じ意味にしか聞こえない。


そんな幼い頃から抱いてきた想いは今も変わらず、胸に根を生やして考えを曲げようとはしない。


12歳の誕生日に私はあの謁見の間で、知らない大人達から輝かしい宝石に魔法の力やらなんやらを貰った。


美しく育つ魔法とか優しい心が芽生える魔法だとか、今考えたらただの大人達が望む善を蓄えた人造人間にしかならないような魔法ばかりだった。


そして悪い魔法も贈られるのは、おとぎ話では定番だろう。


呪いがかかっている状態で外に出たら私は死んでしまうという呪いがこの身にかかっている。


それを解くのは、王子様や勇者という存在だと言うが呪いを受けて早7年経つが、今日もその姿は見られない。








そっと窓際の椅子に座り、窓の外を眺めた。


青空が辺り一面に広がって、遮るものは何一つしてない。


この景色が私の中の当たり前で、これ以外の景色をたくさん見たいかと思えばそうでも無い。



「また物思いにふけっているんですか、マイラ様」



そう私ーーマイラ・レイステッド以外の男の声が小さなこの部屋の中に響いた。


その声を無視して私は椅子から立ち上がり窓を開けて、外の空気をめいいっぱい肺に送り込んだ。


窓から下を見渡せば遥か遠い所に茨が地面を伝い、この場所ーー私の住処のこの塔を人々から遠ざけている。



「これだけ空が青いとね、どうしても見上げたくもなるのよ」


「窓から顔を出しすぎないで下さいね。落ちたりしたら大変ですから」


「塔から出た瞬間に私死ぬの?それとも地面に触れた瞬間?」



その質問には答えは返ってこなくて、私は声の主であるその男ーーイスターに向き直った。


彼は私に呪いをかけた張本人の魔法使いにも関わらず、こうやってずっとここでイスターと2人で仲良く生活している。


真っ黒なローブに身を包み、部屋の隅にある小さな机の上にティーカップを並べて紅茶をいれていた。






ふわっと漂うアールグレイの優しい香りに、私は一つ目を閉じた。


昔からずっとこの香りは変わらずに、私を抱きしめてくれる。


……ここに来た時から、7年前からずっと。



「また追い返しの魔法でも使ったの?」


「なんの事ですか」


「まったく、とぼけないでくれる?」


「さあ、紅茶が温かいうちにお茶会でもしましょうか」



ここに来た時からこの演技も変わってない。


バレてるってことは分かりきってるけど、変える気はどうやらなさそうだ。


そっとイスターの元へと近寄ると、塔の外で低い男性の叫びが上がった。



「マイラ様」



外から聞こえるその声をかき消すようにイスターがそう言いながら、窓の方へと振り返ろうとした私の手をそっと取った。








あっと声を漏らす前に、イスターは私の手の甲にキスを落とした。



「追い返しの魔法は使ってませんよ」



少しだけ勝ち誇った笑みを浮かべて私の手を離し、開けていた窓を閉めに足を動かすイスターに、私は小さくため息をついた。



「またそうやって隣国の騎士を、いじめて楽しんでるの?」


「それはまるで俺が悪者みたいじゃないですか」


「悪者以外に何があるっていうの」



まったくと吐き出しながら自分の席にそっと座り、ケーキスタンドに綺麗に並べてある林檎のタルトに手を伸ばした。


一口齧ればサクッとした生地に甘酸っぱい林檎の食感が、口いっぱいに広がった。


もしこの林檎に毒が入っていて、運命の人のキスでしか起こせない魔法がかかっていたら。


その先には本当に幸せが待っているのだろうか。


そんなおとぎ話のような出来事は、私にはやってこないけれど。



「……悪い黒の魔女の弟子のあなたは、いつまで私をここに閉じ込めて置くつもりなのかしら?」



毒の入っていない林檎をしっかりと飲み込み、からかい半分でそう言うとイスターは少しだけ眉間にしわを寄せた。



「それは……マイラ様には呪いがあるからでしょう」


「ええ、そうね。じゃなきゃ、私はこんな狭い世界にいないわ」



12歳のーーあの誕生日の夜。


たくさんの祝福を受けたはずなのに、私は何一つ満たされることはなかった。


両親からの偽物の愛なんかいらない、私は玩具なんかじゃない、とずっと足掻いていた。


そんな時あの人が……イスターが現れた。









誕生日の祝福を受けて、少し胸が苦しくなって部屋の隅で蹲っている私に手を差し伸べて私に呪いを授ける、と少しだけ戸惑いながらそう言った。


そして20歳の誕生日までこの呪いが解けるまで塔の中にいないと死んでしまうからと、私をここへ連れてきた。



「本来、来るべきだったあなたの師匠のーー黒の魔女を説得してあなたが来たんでしょ?」


「いいえ。ただ仕事を任されただけです」


「それも嘘。私にかけられた祝福という呪いを全て解きたいが故に来たくせに」


「……」



イスターは黙り込み窓の前で動きを止めた。


わかりやすい人だと思いながら、私はバレないように口角を上に上げた。


だけどそんな彼の仕草は嫌いじゃない。


あの日、そう誕生日の前日。


私は父の書斎で聞いてしまったのだ。





『あの娘がいると王位継承者が混乱する。




可愛い我が息子のために……


魔女達に依頼してあの娘に呪いをかけーー殺せ』




おとぎ話の魔法は全部優しくて幸せなものばかりだと言うのに現実はそう甘くはないと知り、正解を選べばきっと私は愛されるのではないかと日々努力してきたけれど……


それは儚く散った。


私は愛されることなく終わるんだと。


ショックだったけど不思議と涙は出てこなかったのは、最初から何かを薄々感じていた、子供の頃の唯一持っていた偽物の素直さのせいだったのだろうか。



「あなたは私を殺すふりをして他の魔女にかけられた私を殺すための魔法を解いて、そして催眠作用のある軽く寝ちゃうような優しい魔法をかけて、ここへ連れてきた」


「いつからそんな推理がお好きになったんですか?」


「する事がないから始めてみたの。どう、違う?」


「不正解」


「あら、どこが違うっていうの?」



挑発するようにそう問いかけると、イスターはくるりと向きを変えて私との距離を縮めて来た。