「じゃあ、練習始めよう」
敬礼するケンに、「そろそろ落ち着きなさい」と優しく言ってやって、基礎練習の本を開く。
「ケンは基礎練習の本とか持ってる?」
「持ってる。これ」
ケンが私に見せたのは、吹奏楽部なら誰でも知っている緑色の表紙の教本。
「これは、吹奏楽の合奏練習で使われる本でね、個人の基礎練習には向いていない」
「そうなん」
「そう」
全く基礎練習ができないわけではないが、もっと効率の良い練習をしたほうが良い。と私は考えている。
「だからね、これを君に進呈します」
再びじゃじゃーんと言って私が取り出したのは、新しい大学ノートに「トロンボーン」と書かれているだけのものだった。
「私もやっているんだけど、自分で基礎練習の楽譜をつくったりとか、音程表つくったりとかします」
「おー」とケンが声を上げた。
「え、いちからつくんの」
首を横に振って否定してから続ける。
「他の教本に書いてあることとか、参考にしていいよ」
これが私の、と言って私が使い古している大学ノートを彼に渡す。
彼はしばらく私のノートを見てから、「やる」とだけ言った。