「ケンでいいよ。呼び方」
楽器を片付けているとき、突然言った。
「私のことは小柳って読んで」
「変わんないじゃん」と頬を膨らませる彼だが、流石に男子に下の名前で呼ばれたくなかった。
 「明日、マウスピース買いに行かない?」
私が言った。
「僕、持ってるけど」
「高は…ケンのやつはちょっと深すぎる。もっと口に合うものを選びに行こう」
マウスピースは音をつくるのにとても重要な部分だ。
これが自分にあってなかったら、音も残念になってしまうことが多い。
「そんなに高価な楽器を持ってるんだし、お金はあるよね」
「僕、言わなかった?最初に」
苦笑いして続ける。
「お金がないからあんなに遠いとこのアパートに住み始めたんだよ」
そういえば言っていた。
安いアパート探したらこうなったと。
「そういえばそうだったね」
困った。あのマウスピースじゃ、上達も遅れるはず。
「とりあえず、考えとくね」
「ていうか思ったんだけど」
ニコニコしながら見つめてくるから、「どうしたの」とこっちまで笑顔になる。
「一緒に練習するって言っただけなのに、僕に教える気満々だ」
ハッとした。そういえばそうだ。
私はケンに教えるとか言ってない。一緒に練習しようって言っただけなのに…まるで上から見下しているようで。
「本当だ、ごめん…なんか」
「ううん。ありがとう。凄い嬉しかった」
「私、見ての通りずっと一人で練習してたの。だから、他人に私の音聞いてもらうの、これが初めてというか」
アワアワして話す私に、「そうなんだ」と相槌を打って
「これからよろしくね」
一度頷く。
「帰ろう」