「うへぇ。僕だったらそんな国じゃ生きていけないな。軍服に一生袖を通さない人生なんて考えられない。戦争がないということは、あんたの国には英雄もいないんでしょ? うわぁ、神様はずいぶんと残酷な国を作ったもんだ」

「えぇ……」

こんな反応をされるのは初めてで、私は思いっきり面食らってしまう。

戦争がないというと羨ましがられることはあったけれど、哀れまれるなんて初めてだ。

(そういえばこの子……私より七歳下ということはまだ十一歳だよね。当然軍人な訳ないし、なんで軍服着てるんだろう)

ふとそんな疑問が湧いた私の頭の中には、まるで連なるように次々と新しい疑問が湧いてくる。

(っていうか、この王宮の本宮殿でそんなこと言っちゃって大丈夫なの? オーストリアの人ってみんな先の大戦で辟易してるんじゃないの? ……その前に、まだ子供なのに我が物顔で本宮殿を案内できるこの子っていったい……)

なんだか不思議な感じがする。この世のものとは思えないほどの美貌も、眩いほどの高貴さを放ちながらやたら無邪気なのも、ウィーンでは珍しい戦争賛美者なのも。

妙な気分に陥って、私は思わず足を止めた。

急に止まった私を不思議そうに見つめる少年の姿が、現実離れして見える。美しく高貴な彼は誰よりもこの宮殿に馴染んでいるように見えるのに、ここに居ることが間違っている異質な者のようにも感じる。

まるで――そう、宮殿の天井に描かれている天使のように。