「あまり緊張していなかったようだな」

謁見が終わり本宮殿の廊下を歩いているとき、クレメンス様が感心したような呆れたような声で言った。

「そんなことありませんよ。ただ、想像していたよりずっとお優しそうなお方だったので、ホッとしただけです」

皇帝陛下の威光を損ねないように返事をすれば、クレメンス様はフッと口角を上げた。

「ハプスブルク家当主の強さは忍耐強さだ。吠えて飛び掛かるのではなく、玉座に腰を据え降りかかる火の粉を払い続ける強さこそが、ハプスブルク家が絶えず六百年もの間王冠を抱き続けてきた理由だ」

フランツ一世陛下のすごさを舐めるなよと釘を刺されたようで、私は緊張で唇を引き結ぶ。

確かに脆弱な精神の持ち主ならば、こんな苦労の連続に耐え切れず心身ともに壊れてしまうかもしれない。

「……心に留めておきます」

印象は苦労人のおじさんでも、その実態は『青い血』の一族の当主だ。本質を見誤らないようにしようと、私は自分の胸に深く言い聞かせた。