「大した事ではありませんのでお気にせず」


微笑む女は何処か寂しげな様子。市助は胸を痛める。


「気にせずにはいられません。何があったのですか」

「関係ありません」


市助を心配させまいとしているのか、しつこさに呆れてしまったのか。女は強くその一言を言い放つ。驚く市助を見て、我に返る女。すぐにその場を立ち去ろうとするも、


「待って下さい」


市助がそれを許さなかった。最初に見た後姿とは、全く違う姿。彼にとって今の彼女を見捨てる事は、もう出来ない。


「言ったでしょう。気にせずにはいられないと。
泣いている女の人を見過ごすなんて、僕には出来ません」


自分でも恥ずかしい言葉だと心の内では、恥をかく市助。その場を立ち去ろうとした女は市助の方を振り向く。

再び微笑み言葉を紡ぐ。その微笑みは先程のものよりも優しく、寂しげな様子は微塵(みじん)たりとも感じられなかった。


「貴方は、お優しい方なのですね」

「優しくなんてありません。男ですから」


ふっとふき出す女。市助は何がおかしいのかと首を傾げる。


「私(わたくし)は鈴木朔子(すずき・さくこ)と申します。貴方のお名前は何と言うのですか」