柏木くんにはヒミツがある。



だから、人に触れないように、触れられないように気をつけた。

高校からは、人付き合いも浅くした。
じゃれあったりして笑ってる同級生達を見て、少し虚しくなったこともあった。

でも、自分が傷つくよりはマシだ。
……マシだろ。


自分が考えていることなんて、所詮他人には分かるはずがない。
何を考えたって、思ったって自分の自由。

誰かの悪口でも、悪巧みでも、考える分にはなんの問題もない。バレなきゃ問題ない。
問題があるのは、俺のほう。

その考えですら、分かっちゃうんだもんな。
触っただけで。



『柏木くん、この前はありがとうね』



でも、三木は、違うなって思ったから。

言葉と行動に嘘がないっていうか。
本当、思ったことをそのまんま口に出してるだけっつーか。



一言でいうと、真っ白なんだ、あいつ。



『気味悪がる?なんで?』



俺の力のことを話したら、誰だって俺に触ってほしくなくなる。
気持ち悪いって、影で言われたこともあったし。


だから、あの時、



『柏木くんは特別な人ってことでしょう?』



三木にこう言われて、本当に嬉しかった。


夏休み明けの始業式。
正直に言うと、あの時から、
俺は三木のことが気になってしょうがなかったんだ。


けど、自分の気持ちを言葉にするのは、今でも怖い。
言ったら、三木との今の関係が終わってしまいそうで怖い。



『三木は大切な友達だから』



俺みたいな、変な力持ってる奴から"好きだ"って言われたって、困るだけだろ。

うん、いや、分かってる。
分かってるんだけどね、一応。

三木はそういう人じゃないって。


けどさ……けどさぁー。


あいつ、いつも"私達友達でしょ?"なんて言うんだ。
俺のこと、男として意識してないんですよ。

普通に考えて、告ったところで玉砕コース。


そんなの嫌だろ。




「振られるの、怖いじゃんか」




三木が帰ったあとの静かな教室で、俺はそう呟いた。








「みっちゃん、男の子からの"俺達は友達だ"って言葉は何の意味があると思う?」

「そんなの"僕たちお友達だからこれからも仲良くしようね"って意味に決まってるでしょ。ばかなの?」



私のことをチラリとも見ずにそう言ったみっちゃんは、黙々と枯れ葉をホウキで掃いている。

今日は、3ヶ月に一度の校内大清掃の日。
教室、廊下、靴箱などの場所を1日かけてキレイにする日。

私達のグループは、くじ引きで中庭の掃除をすることになったんだ。

『こんな寒い日にどうして外に行かなきゃいけないの?おかしくない?』
なんて、みっちゃんは文句を言ってた。

確かに、手袋もしないでひたすら枯れ葉をホウキではくのは辛い。

よく見ると、指先が赤くなっていた。



「無駄口叩いてないでさっさと終わらせよ。私このままだと凍死するわ」

「今日も相変わらず冷たいね、みっちゃん!」

「うるさいよ香里奈。ほら、あそこにあるちりとり持ってきて」

「うん、任せて!」



みっちゃんのハキハキサバサバした性格、私嫌いじゃないよ。
むしろ好きだ。



「うわぁ、おい!おいおい!待てって!さすがにそれはねぇわ、罰ゲームにも程があるだろっ」

「いやいや、このぐらいやらないと罰ゲームの意味がないっしょ」



ちりとりを取って、みっちゃんの所へと戻ろうとした時、2人の男子の大きな声が聞こえてきた。

あぁ、彼らはいつも教室の中心でおバカな悪ふざけをして楽しんでいる人達だ。
そんな2人組のことを、なんだなんだと数人が遠目に見ている。



私も横目に彼らを見た。

水道のホースを1人に向けてニヤニヤしている。
あ、罰ゲームってそういうことか。

なんのゲームをしたのかは分からないけど、確かにこの寒い時に冷たい水はかぶりたくないよね。



「かりなー!早くー!」

「あっ、はーい!」



みっちゃんの声に慌てて足を進めた、その時。


───バシャッ。



「……えっ」



前髪から滴り落ちる水滴。
太ももに張り付くスカート。
吹いた風は、心なしかさっきよりも冷たくて。

あ、そうか、水、かぶっちゃったんだ、私。



「ばっか、お前なに避けてんだよ!!」

「いや普通に避けるだろ!嫌じゃん!風邪引きたくねーし!!」



サーっと青くなる2人を見て、納得する私。
なるほど、ホースの水を避けたせいで、その後ろにいた私にかかってしまったらしい。


……いや、だとしてもちょっと、さむい、なぁ。



「三木」



その場がシーンとなった時、すぐ横から聞き慣れた声がした。

顔を向けると、思った通り、柏木くんがいて。
ビックリした。



「えっ、な、なに」



恥ずかしいのだけれど、私はつい先日、柏木くんに対する恋心を自覚したばかりで。

だから、心の準備が出来てない時にそばに来られると、来られると……っ。



「大丈夫、じゃないね、寒いね」

「ひっ……!」



そ!そんな風に顔を覗き込まないでくれ。

ち、近い。近い近い。



「あっ、あっ、……っ暑い!!」

「あー。ヤバいね。重症だね。これ、羽織ってな」



表情一つ変えずに、自分のブレザーを私にかけてくれた柏木くんは、例の男子2人組に向き直った。



「三木に謝って」








***

「か、柏木くん、すごいね、君ってあんな風に目力で人を萎縮させることが出来るんだね」

「目力って……もっとカッコいい言葉ないの?」



速足で廊下を歩いていく私達が向かっているのは保健室だ。

理由は簡単。着替えを求めに行くんだ。



「が、眼力?」

「ふは、あんまりカッコよくないねー」



私は今、水をモロにかぶってびしょ濡れなのだけれど、そんなことより、そんなことよりっ。

柏木くんのブレザーを羽織っているせいで、私は今とても死にそうなんだ。

だって、だって、匂いが。
柏木くんの匂いな包まれているような気分なんだ。


そんなことに一々ドキドキしてしまう私。

やばいなー、これじゃあただの変態だよ。



「か、柏木くん、今私の心の声、聞こえないよね?」



ドキドキしているのがバレたらたまったもんじゃない。