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「あ、柏木だ」
「えー?どこー?」
ある日の昼休み、みっちゃんとトイレに行った帰りに柏木くんを見つけた。
2階の窓から下を見下ろしたところ。
ちょうど校舎の裏にあたる場所に、柏木くんが女の子と2人でいる。
みっちゃんは、何かを察したようにニヤニヤし出した。
「行こう、香里奈。私達が勝手に見ていいモンじゃないよ、あれは」
「え、そうなの?声かけたかったなぁ」
それにしても、昼休みが終わる10分前だというのに、あんなところで何をしているんだろう。
頭の上にはてなマークを浮かべる私に、みっちゃんは呆れたようにため息をつく。
「バカだなぁ、見て分かんないの?あれはどう見たって告白の最中だったじゃん」
「こくはく」
「そう、告白。人気のない場所に男女が2人きりといえば、カップル同士がイチャコラしてるか、告白してるかの二択でしょ」
なるほど。
ということは、柏木くんは今、告白の真っ最中ってことか。
「まぁ、柏木がこんな時間にこんな場所で告白するなんて考えられないから、好意を持ってるのは女の方だね、きっと」
「すごい、みっちゃんそこまで分かっちゃうの?」
「柏木はね、告白するなら放課後だね。誰もいない教室で、感情が高ぶって好きな女のことを抱き締めちゃうタイプだね」
「さすがみっちゃん。そこまで分かるなんてさすがだよ」
そう言いながら、私はチラッと窓の方を見た。
柏木くんに隠れファンがいるってことは知っていたけれど、
実際に告白されているところは、初めて見た。
そっか、柏木くんのことを本気で好きって思っている子もいるんだ。
そりゃそうだよね。
柏木くん、普段は優しいけど、いざって時は頼りになるし、意外と男らしいし。
笑った顔も子犬みたいに可愛いし、面倒見もいいし、
一緒にいるとなんか安心するし、
たまに見せる意地悪な一面にもギャップを感じるし。
柏木くんに対して、そういう風に感じてる子もいるよね。
私だけじゃないよね、きっと。
「……あれ」
「ん?どした?」
首をかしげる。
おかしいなぁ……。
「みっちゃん、なんか胸のあたりがモヤモヤする」
「えー、何それ?アンタ熱あるんじゃないの?また倒れたりしたら困るんだからね?風邪菌移さないでよ」
「冷たいよぉ、みっちゃん!ひどいよ!」
柏木くんの笑った顔、私にだけ見せてくれればいいのになぁ、なんて。
私、やっぱり熱があるのかもしれない。
「……ねぇ、ごめん最近なんなの?」
「いや、人間観察というか柏木くん観察というか」
「いや怖い怖い意味分かんない」
どうも、この前柏木くんが女の子と一緒にいるところを見てから私はおかしい。
胸のあたりがモヤモヤするし、なぜか不安になってしまう。
これは絶対に柏木くんに原因があるとみた私は、こうやって、放課後も柏木くんを観察してる訳だけど、
未だによく分かっていない。
「柏木くんは何も気にせずに日誌書いてて」
「いや、気になっちゃうからっ。落ち着かないから!」
見つめられ過ぎて背中に穴あきそう、なんて言った柏木くん。
それだけじゃあ穴はあかないよ、大丈夫だよ。
「ねぇ、この前女の子に告白されてたでしょう」
目の前にある背中に向かって問いかけると、彼の肩がビクッと揺れた。
「怖いな、何で知ってんの?」って、そんなのたまたま窓から見えたからだよ。
そう説明すると、はぁー、と長いため息をつく。
「それで茶化そうってわけ?」
勘弁してくれー、と困ったように続けた柏木くん。
「違うよ、そうじゃなくて……」
「じゃなくて、なに?」
「その、結局のところどうなったのかなぁ、って」
「どうって、別に……」
言葉の途中で、柏木くんはクルリと振り返った。
今度は私がビクッとする番だ。
ジッと、私を見る彼に少し焦る。
な、なに?
何でそんな、急に私のこと見てくるわけ?
「なんで?」
「え……?」
「なんで気になったの?」
……まるで、何かを期待しているみたいだった。
だけど、私はその質問には上手く答えられなくて。
だって、自分でもよく分からなかったから。
「わ、分かんない……」
どうして気になったんだろう。
どうしてモヤモヤするんだろう。
どうして、
「はっ、何だそれ」
そんな風に笑った顔を見せるのは、私だけにしてほしいなんて思うんだろう。
分かんない。
自分のことなのに、全くもって分かんない。
数学の難しい問題みたい。
私、数学苦手だから、だから分からないのかなぁ。
「なぁ、三木、」
柏木くんに名前を呼ばれて、初めて自分が俯いていたことに気が付いた。
「お前の考えてること当ててやろーか」
「……はい?」
瞬きをパチパチと繰り返す。
いきなり何言ってるんだろ、柏木くん。
どういうこと?
「俺さ、触っただけで分かるんだよね。相手が何を考えているのか」
「え、本当に?」
「本当です。試しにほら、ちょっと触ってみて」
そう言って人差し指を向ける柏木くん。
私は、半信半疑で、その指に自分のをちょんっと当ててみた。
「何でもいいから、なにか考えてみて」
「えっ?えーっと、じゃあ……」
何か、なにか考えなきゃ。
チラッと柏木くんの指に視線を移す。
……か、柏木くんの、
「"柏木くんの指は細くて長くて綺麗だなぁ"」
その声に、言葉に、目を見開く。
柏木くんを見て、「嘘でしょ」と呟くと困ったように彼は笑った。
「褒め言葉、どうもありがとうねー」
開いた口が塞がらない。
どうしよう、すごくビックリしてる。
だって、だって、触れただけで相手の考えていることが分かるなんて……。
「すごいね!!なんで分かっちゃうの!?柏木くんだけの能力?カッコいいなぁ!」
そっか、だから他人に触れられたくなかったんだね?
触っちゃったら知りたくもないこと知っちゃうもんね?
そっか、そういうことだったんだぁ!
「すごいなぁ……!」
柏木くんの指を見ながら、目をキラキラと輝かせる私に、
彼は目を見開いてから可笑しそうに吹き出した。
「はは、三木は絶対大丈夫だと思ってたけど、想像の遥か上だ」
「え?なに?どういうこと?」
「いやいや、世の中には"これ"を気味悪がる人の方が多いってことですよー」
一瞬悲しそうな顔をする柏木くんに、私は首を傾げる。
気味悪がる?どうして?
「なんで?普通に考えてすごくない?柏木くんは特別な人ってことでしょう?」
もし私がそんな力持ってたら、きっとみんなに自慢しちゃうな。
だってカッコいいじゃん。
私だけの特別な能力って感じで。
そう言うと、柏木くんは目を細めた。
眩しい光に当てられたみたいに。
「すごいのは三木のほうだ」
何かを呟いたみたいだけど、小さな声だったからよく聞こえなかった。
「……まぁ、総じて言うとさ、三木は下向いてるより笑ってる顔の方がいいよ」
「え?」
「何か悩みとかあったんだろ?元気なかったし」
「……すごーい……」