アルフォード様がキョトンと私を見上げる顔で、ハッと我に返る。
いやだ、これ。何の暴露大会だ。
アルフォード様が一方的に想いを語るので、何故かムキになって負けじと自分の想いも語ってしまった。
私の方が先ですよ!って、何に張り合ってるのだか。
思い余って告げた事は全て事実なので否定をする気は微塵もないが、意味のない張り合いに少しだけ恥ずかしくなってしまう。
アルフォード様の顔を見れない……わけのわからない醜態を晒した私に、それこそ驚いているだろう。
恐る恐ると反応を確認する。
だが……アルフォード様は、笑っていた。
「……そうか。そうだったんだ」
そう言って、花の都の貴公子らしく、ははっとお上品に笑う。
そして、また驚かせることを言ってくるのだ。
「でも、恐らく俺の方が先だと思う。君を好きになったのは。そして想いの強さも俺の方が大きい」
「え!それはどういう……」
「まあ、それをこれから時間をかけてゆっくり伝えていこうと思ってるから?」
そう言って、不敵な笑みを浮かべる。覚悟しろと言わんばかりに。
怖いけど、そんなお顔も素敵……と、油断していたその隙に。
握られていた手の甲に、唇が優しく触れる。
思わず、淑女らしかぬ「ひゃっ!」と悲鳴をあげてしまった。
「あ、アルフォード様っ!」
「まず……アル、と。愛称で呼んで貰おうかな?ラヴィ?」
「……」
口をはくはく絶句してしまう。急に過激すぎます、こんなの。
でも、そんな私たちの門出を祝福するかのように。
窓から差し込む陽の光は、キラキラと輝いていた。
○○○
「あぁ……どこで間違っちゃったのかなぁ……ちゃんとイベントこなしてきたし、好感度もMAXだったはずなのになぁ……あぁ、あぁ……」
王宮魔術師団管轄の硏究塔の地下牢は、ジメジメと湿っていて、土の匂いも漂う。
その一角に身を置いている、鉄格子の向こうの彼女は、特殊な魔力封じの足枷をつけたまま、寝台にだらしなく寝転がって譫言をずっと呟いているようだ。
それどころではないのか、その身なりはボロボロ。ろくに保清もしていないのか、美しいと言われた顔貌は流涎で汚れていて、絶世の美女の見る影もない。
「バッドエンドだ、バッドエンドだぁ……あぁ、ハーレムルートだなんて冒険したのが間違いだった……ホントはアル一筋だったのになぁ、あぁ……アルぅ……」
目の焦点も合っていない。……これはもう、精神崩壊しているようだ。
「……急激に膨大な浄化を受けた反動でしょう。目が覚めてから、ずっと意味のわからない譫言を。自我も崩壊しているかと」
ここまで案内してくれた魔術師団の者が、彼女を痛々しそうに見つめながら説明をしてくれる。
対して、自分のツレである尊い御方ーー大聖女ユリ様は、表情ひとつ変えずにじっと彼女の成れの果ての姿を真剣に見つめていた。
「そうですか……ご苦労様です。行きましょうか、ファビオ」
「はーい」
【邪気】で王太子殿下や貴族令息を魅了し、神殿を襲撃して王都を騒がせた、絶世の美悪女が目を覚まし、面会が出来るというので、誰よりも大切な恩人・大聖女ユリ様に連れられて、王宮魔術師団の研究塔へと赴いたが。
ありゃあ、面会ではないな。動物園の珍獣を見に行ったようなもんだ。あれが面会とはどういう神経をしとる、魔術師団。
彼女の言い分も聞いてはみたかったが、あれは当分、いや一生無理だろう。
恐らく彼女は自我崩壊したまま、あのジメジメとした独房で『邪気に侵された危険人物』として、一生を暮らすのだ。
それだけ【秘匿されし聖女】の力は絶大だということだ。
「戻ってお茶にしましょうか」
「はーい」
「ファビオ、今回は大変よくやってくれました。貴方の陰で動いた功績が王族を、国を救いました。お疲れ様です」
「……俺の方こそ。ユリ様があの時、俺の戯言を信じてくれたから、ここまでやってこれたんだよ?ホントありがとう」
そう返すと、尊い御方は柔らかく微笑んでくれる。
ああ、この人を護れて良かった。何度も思う。
あの時、この人が居なかったら。他の誰かがいたら……突如思い出した『前世の記憶』や、自分に下された『警告』を信じてくれなかったら、自分は精神異常者として打ち首にでもなっていただろう。
ーー単刀直入にいえば。
自分、このファビオとかいう男は、異世界からの転生者である。
かつて自分は、『聖力所持者』を保護するシステムがある、このジュエリティア王国の市井のスラム街の孤児だったが、9歳の時に聖力所持が発覚。
孤児の聖力保持者は神殿の『訓練所』という暗部の訓練所にて、訓練を受け、神殿の暗部として暗躍することとなるのだ。
そうして数年の時を経て、神殿の諜報部員となった自分は、時には野菜屋の業者の息子を装い、時には庭師見習いを装い、様々な姿を変えて市井に溶け込み生活をしていた。
そんな自分が転生者だと自覚したのは、約一年前の話。
王都にある貴族学園内の定期調査のため、学園の敷地内に潜んでいた時だった。
そこで何気なく目にした光景……ピンクブロンドの髪を持つ美しい令嬢と、まるで護衛かの如く彼女を取り囲み行動を共にする王太子殿下や貴族令息らの姿に異様な既視感を覚える。
意識が吸い込まれるように、彼らから目を離せず。次に襲ってくるのは、意識を失いそうになる程の激しい頭痛だった。
そして、頭痛と共に頭の中に映像が途切れ途切れに流れ込んでくる。
薄暗い一室で、光を発する石板の前には汚い声で怪しく笑う女性の声。
《うふっ、うふうふうふ……アフ愛最高ぉぉぉ》
《あぁっ、あぁっ、アル様ぁ……》
……あぁ、この世界は。
かつて、自分が生きていた世界で造られた『空想』の世界と、全く同じ世界だ。
【アフロディーテの愛が世界を救う】
略して『アフ愛』という、女性に人気のゲームの世界。
繊細で美しい作画に人気が出て、グッズが飛ぶように売れ、ノベルやアニメまで出た、女神アフロディーテの力を手に入れた主人公ローズマリーのシンデレラストーリー。
イケメン貴族令息との交流を経て、好感度を上げていく、所謂乙女ゲームだ。
しかし、アニメ版ではカットされているが、原作のゲームはおもいっきり18禁である。
何故、元高校球児であるパリピ大学生の自分が乙女ゲームなんぞ知ってるのかと言うと……三つ上の引きこもり傾向の姉が、このゲームを好んで、夜な夜なやり込みまくっていたからだ。
ノベルも読まされ、熱心にアニメを見ていたのも知っている。
自室で、パソコンの画面に映るイケメン攻略対象のR18セクシーショットを前に自慰していたのを目撃してしまった時には、ホラーでも見ているような衝撃だったが。
そんな引きこもりの姉とは対象的に、自分は高校まで野球をやっていた大学生だった。
講義そっちのけで、バイト、酒や合コン、夜遊び、プロ野球観戦などに毎日明け暮れる、ザ・ポジティブなパリピ大学生。
それが、『前世の自分』だった。
とある日、バイトから帰宅すると、階段の向こうが何やら騒がしい。
階段を二段昇って様子を伺うと、すぐそこでは母と姉が何やら、かなり激しく掴み合いの口論をしているではないか。
『ゲームばっかやってないで、ちゃんと就職しなさい!』という母の怒鳴り声が聞こえるあたり、恐らく、姉の引きこもりに母が苛立ちを感じて喝を入れに行ったのだろう。
いつものことか。やれやれ。
と、思っていたら、突然。
階上から母と姉が同時に降ってきた。
恐らく、掴み合いが激化し、共に階段から足を滑らせたのだろう。
恰幅の良いそんな二人の下敷きになった自分。そこで記憶が途切れている。
恐らく、圧死した。享年19歳。
……そして、今現在、こんな異世界。目の前には、ローズマリーもエリシオンも、姉の推しで自慰の餌食となっていたアルフォードもいる、空想のあの乙女ゲームの世界に自分はいる。
ラノベでよくある『転生』というやつ?まさか本当にあるとは。
しかも、自分なんのキャラ?ファビオなんてキャラ知らない。モブか!
任務に着きながらも、脳内が混乱してどうしていいかわからなかった。
かと言って、自分は恐らく転生者である。だなんて、他の誰かに言ってしまったものなら、気狂いでも起こしたかと神官長や聖騎士の前に連れて行かれるだろう。
脳内混乱したまま、一人秘密を抱えていた。
ーーだが、秘密を暴かれることになるのは間もなく。
そのきっかけとは、聖力保持者なら誰でも通る道である、16歳を迎える『神託』の儀でのことだった。
暗部の者であろうと例外はなく、聖力保持者は皆、16歳になったら『神託』を受けるのがこの国の掟。
自分も大聖女に見守られながら、密かに儀式に臨むこととなったのだ。
神託の儀では、精霊王からのお告げを授かり、自分の役割を知る。と、いうのだが。
……しかし、自分の神託は『例外』だったのだ。
聖力の光に包まれて、見えたもの聞こえたものとは、精霊王の声……なのか?
《……お願い、助けて!転生者!》
白く発する光の中で、目の前に現れたのは……一人の女性だった。
銀髪が光に透けて薄紫に輝く、翠の瞳の女性。
この人が精霊王……?
「プリムラ?!……プリムラなのですか!」
すると、そこで女性に呼び掛けたのは、立会人である大聖女だった。
目を見開いて、驚愕を隠しきれていない。
だが、大聖女の呼び掛けに答えることはなく、プリムラと呼ばれた女性は必死で自分に話しかけてきた。
《この世界が、異世界の【邪悪なる気】に襲われているわ!……でも、私のせいで、邪悪に対抗する【秘匿されし聖女】が神託を受けていないの!私が【時戻り】を使い過ぎたせいで……!》