秘匿されし聖女が、邪に牙を剥ける時〜神殿を追放された聖女は、乙女ゲームの横行を許さない


いや、見方によれば間違ってはいないのだが。



しかし、これを黙って「はい、そうです」だなんて言ってられるか。私にも言い分はある。

ローズマリー令嬢の悲劇の訴え劇場では、私が完璧な悪者となっていることに、憤りを感じずにはいられない。

自分のしたことを棚に上げて、何をいけしゃあしゃあと!

このローズマリー令嬢の独壇場に割り入っていかねば、とは思い、口を開こうとするが……。



「ルビネスタ公爵、彼女は危険です!神殿の聖女見習いがメイド姿でこの夜会に紛れていたなんて……!」

「なっ……」

「これはもう、神殿が何かを企んでいるに違いないわ!……ルビネスタ公爵様!」



そこまで、話が飛躍する?!

私のこの行動から、神殿の陰謀論に発展するなんて想定の範囲外で、ギョッとした。

いや、ガクッときた。が、正しいかもしれない。

なんて想像力!……確かに、ローズマリー令嬢は王都での発言といい、神殿に対してあまり良い印象を持ってないようだったけど。

私、神殿の刺客なの?……ち、ちょっと!

まさか、こんな発言を堂々となさるだなんて!

妄想的にもほどがあるでしょ!



「あ、あのなぁ……」



ローズマリー令嬢の妄想演説を、さぞ聞き入っているだろうと思いきや……公爵様は、顔をピクピクと引き攣らせ、苦笑いをしていた。

隣にいるサルビア様は扇でお顔を隠しているが、同様の表情だ。



「ルビネスタ公爵!」

「あの、トルコバス侯爵令嬢。俺が聞きたかったことは、そんなことじゃない。息子に何があったとか、神殿の企み云々とかじゃない」

「え?」

「俺が聞きたかったのは……ローズマリー・トルコバス侯爵令嬢。何故、貴女がここにいるのか、ということなんだが」

「……え?」



ルビネスタ公爵様は、こほんとひとつ、咳払いをした。



「招待状を受け取っていない貴女が何故、この夜会にいるのか?……何故、この夜会の会場に入ることが出来たのか、なんだが」

「そ、それは!……そ、そう!アルに危機が迫っていると思って私、いてもたってもいられなくて!」

「危機が迫ってる?ほう?……会場の受付では『私は、アルと真実の愛で結ばれているんです、アルが私を待っているんです!なのに、アルは領地に監禁され引き離されて……』って、受付の者を泣き落としたらしいな?……アルを領地に監禁?引き離されて?って、アルを領地に連れてった俺、悪人?で、貴女のいう危機とやらはどこ行った?……おいおい!」

「!」

公爵様の打ち明けた話に、声が出そうになるほど驚愕したのは、言うまでもない。

今の公爵様の話……本当でしょうか。

だとしたら、公爵様は、真実の愛で結ばれたアルフォード様とローズマリー令嬢を引き離したという……。

公爵様がアルフォード様を領地に連れ帰ったのは事実ではあるが、そんな言い方はいかがなものか。

……いやいや、そんな話は問題ではなく。

そんな自分よがりな話で、受付の人を泣き落としただなんて。

こんな美女に泣き落とされたら、受付の人も懐柔されてしまうのか。

いや、過激なことを言って泣き落としてくるものだから、危険人物と見做され、対応しきれなかったのかもしれない。

何はともあれ、ローズマリー令嬢を中に入れてしまった人、恐らくタダでは済まない。

受付の人、ご愁傷様である。



一方、ルビネスタ公爵様に、受付での顛末を知られたことに気付いたローズマリー令嬢は、涙を目に溜めたまま怯える姿勢は変わらない。



「そ、そんな、ルビネスタ公爵!私とアルが真実の愛で結ばれているのは事実で……!」

「その真実の愛とやらで愚息は醜聞まみれとなった、その原因となった貴女の話に耳を貸すとお思いか?……トルコバス侯爵令嬢!」





○○○






突如、事態が一転した。

招待もされていない夜会に侵入した自分のことを棚に上げて、私に危害を加えられた、私が危険であると、神殿の陰謀論まで語るローズマリー令嬢。

だが、上げた棚を突ついたのは、なんとルビネスタ公爵様。

都合の悪い部分を端折った、ローズマリー令嬢の口八丁ぶりを糾弾する事態となった。




「醜聞まみれだなんて!アルは私との真実の愛を貫いてくれただけです!なのに……」

「令嬢のその真実の愛とやらは、幾つあるのか?何もアルだけではないだろう?王太子殿下や、他の子息にも、と聞いているがな?……で、何?この廊下にいるってことは、休憩室に入ろうとでもしたのだろう?色事絡んだとんだ真実の愛だな?」

「そんな、ルビネスタ公爵、それは誤解ですわっ」

「どこら辺が誤解なんだ?何なら、招待もしていない夜会にそちらの令嬢が乗り込んできたと、トルコバス侯爵に抗議しても構わないんだぞ?」

「お父様にっ……」

その一言で、ローズマリー令嬢が黙り込んだ。

圧巻だ、公爵様。この口八丁の令嬢を黙らせるなんて。


「ラヴィ」



公爵様とローズマリー令嬢の口論を呆然と見守っていた私の傍には、サルビア様がやってくる。侍女のミモザさんも一緒だ。

「サルビア様、これは……アルフォード様は!」

ここで何が起こったのか、本当のことをサルビア様に伝えようと思った。ローズマリー令嬢が述べたこととは違うこと、私が故意に危害を加えようとしたわけでないという弁解も含めて。

だが、話をする前に、サルビア様はうんうんと頷いて私の頬にそっと触れる。

「大丈夫よ、ラヴィ。わかってるわ?貴女が悪巧みをしていないことぐらい」

「サルビア様……!」

「まあ、むしろ、何かをしてくれるという期待はあったのだけど、ね?」

「へ?」

最後の言葉が理解出来なくて首を傾げるが、サルビア様は「まあ、期待通りよ?」と私の頭を撫でて誤魔化している。

いったい、何のことか。

「アルは……寝てるだけね?大丈夫ね」

先程は、私の名前を呼んでくれたアルフォード様。今は、倒れた姿そのまま目を閉じている。呼吸も落ち着いて寝息も聞こえる辺り、本当に寝ているのだろう。


「こんな時におねんねって、本当、カッコ悪いったらありゃしないんだから。……ミモザ」

「かしこまりました」

サルビア様に命じられたミモザさんが護衛の方々に「お願いします」と言うと、護衛の方々はバラバラと動き出していた。



そんな中でも、公爵様とローズマリー令嬢の話し合い(口論?)は続いているようだった。




「……そういうわけで、大事なお父様にお叱りを受けたくなければ、早急にお帰り頂こうか。トルコバス侯爵令嬢」

「ま、待って下さい、ルビネスタ公爵!この夜会に聖女見習いが!……神殿の手の者が、潜入していたんです!神殿が動き出している証拠です!」

そう言って、ローズマリー令嬢は私の方を指差した。

私が神殿の刺客説……まだ、続いていたのか。



だが、公爵様は目を細めて顔を顰める。

「夜会に神殿の手の者が潜入?……はあぁぁ?」

貴族らしかぬ、砕けた口調になるほど不快感を示す。

「言っとくけどなぁ?ラヴィは、貧乏根性つくぐらい神殿勤めをしていたが、そんなものの前に、俺の大事な親友夫妻の大事な娘だ。それに、夜会開催から公爵家に身を寄せてたぞ?」

「えぇっ!夜会前から公爵家に潜入してただなんて!」


「だから、潜入してねえよ!話、通じねえなぁ?おい!頭大丈夫か!……それに、長子が聖騎士であり、代々聖力持ちを輩出していて、神殿を支援しているルビネスタ公爵家に神殿の批判なんぞ、本当に頭大丈夫か?……この事も含めて、侯爵に厳重抗議するぞ?」

すると、ローズマリー令嬢が急に真っ青になる。

「神殿の魔の手がここにまでも……!」

そう呟いて、私をギロッと睨み付ける。先程の庇護欲を唆ろうとする涙目も、被害者根性たっぷりの弱々しい仕草もすっかり消え失せていた。

「……御前、失礼します」

そして、ローズマリー令嬢はドレスの裾を摘んで、急いで走り去って行くのであった。

風のように撤収が早いのにも、驚いた。



ローズマリー令嬢の走り去る足音が消えて、姿も完全に見えなくなった頃。

公爵様が、「はあぁぁ……」と長いため息を吐いた。

「……やれやれ。話以上にイカれたお嬢さんだったな?神殿に対する被害妄想が激しいのなんの」

「神殿批判が凄いと聞いてましたが、これほどまでとは想像もつきませんでしたわ」

サルビア様もげんなりした様子だ。

私もビックリした。なんせ、私が神殿の刺客だとか、夜会に潜入して悪巧みをしているとか。なんという想像力か。

よくもまあ、その場しのぎで保身に走れるものだ。変わり身の早さはお見事としか言いようがない。

だけど、ルビネスタ公爵様が駆け付けてくれてよかった。

そうでなければ、私だけでは対応しきれなかった。何やら意味不明な単語を呟いたり、言い掛かりをつけてくるローズマリー令嬢は、ただ恐ろしかった。



「ラヴィ、大丈夫か。って、その格好は何だ?メイド服なんか着て。そんなのより、俺が買ってやったピンクのワンピースの方が絶対似合うぞ」

「公爵様……ありがとうございます。公爵様が来て下さらなかったら、私、どうしていいかわかりませんでした」

「大丈夫だ、もう大丈夫だからな?そんな怯えるんじゃない!俺が着いてるから大丈夫だ!……俺、カッコ良かった?なんならお義父様って呼んでもいいんだぞ?」

「……」

……何故、公爵様をお義父様と?

まさか、両親が亡くなった時に立ち消えた養子縁組の話だろうか。





「ーーー全然、大丈夫じゃないよ。公爵様」


聞き慣れた甲高い明るい声より、グッと低く落とした声色で一言、私たちに投げ掛ける。

いつもと様子の違う、真剣な話し方の彼に戸惑ってしまった。

何が、大丈夫じゃないのか……?



「ファビオ……」

「恐らく、あちらさんは気付いたよ。一連の出来事は、ラヴィの仕業だと」

「わ、私の……仕業?」

「俺もこの目ではっきりと見たしね?」



そう言いながら、こっちにゆっくりと歩みを進めてくる。

普段の気さくな空気は消え失せて、真顔で淡々と語るファビオに戸惑いを隠せない。

それに、私の仕業……って、何?

私、何かしたの?ファビオは……何を見たの?



「ま、待て、ファビオ!」



戸惑う私を背中に隠すように、慌てて前に出てきたのは、公爵様だ。

私らの目の前に立つファビオと公爵様が向かい合うカタチとなった。



「公爵様も見てたでしょ?ここで起こった出来事を。我が主人夫妻の供述とほぼ同じだったってこと」

「そ、それはそうだが……」

「で、こっちの思惑通りになった。めでたし、それは良いのだけど……けど、まさかあちらさんの目の前で事が進んでしまったのは、予想外だった」