なにも言わない大蔵に、顔を上げてみる。

真顔でじっと見られていて、どきりとした。

「……なんで?」

聞き返されるとは思っていなかったから、すぐに答えることが出来なくて目を泳がせる。

「それは……」

もしかして、さっき手を離したのがイチくんを見つけたからだって大蔵は気付いていたのだろうか。

それに、大蔵の朝練に合わせて家を出れば、イチくんと電車の中で顔を合わせることがないなんて、そんなズルいことも一瞬考えてしまった。

全部、自分勝手な考え。

そんな身勝手な提案をされても、大蔵は少しも嬉しいわけがないのに。

「悪い。今のはちょっと意地悪だった」

俯く私に、大蔵が言った。

顔を上げると、困ったように笑う大蔵の顔が見えて、ズキンと胸が痛くなった。

大蔵はそれ以上なにも言わなかったけど、大蔵のことを不安にさせてしまったのは確かだ。

歩き始める大蔵の背中を追いかける。

ここはもう学校近くの通学路。

この時間は同じ学校の生徒がたくさん周りを歩いている。

もしかしたら同じクラスの人も近くにいるかもしれない。

けれど、そんなことはもうどうでも良かった。

勇気を出して、自分から大蔵の手を握る。

驚いたように一瞬こちらを見た大蔵だったけれど、何も言わずに握り返してくれた。

こんなことで許してもらえるとは思えない。

だけど、大蔵があんな風に笑うのを見るのはもう嫌だと思った。

私は大蔵の彼女なのだから。

不安にさせるようなことなんて、しちゃダメだよね……。