せっかくの善意の手が宙を舞い、大蔵は口の端を上げて私を見ている。

ムッと睨んでみれば、今度は大蔵の手が伸びてきた。

動物にじゃれるような手付きで、わしゃわしゃと頭を撫でまわされる。

「それ重くない……?」

「は?お前誰に言ってんの。誰かさんに言わせれば、俺は筋肉バスケバカらしいからな」

どこかで聞いたことのある悪口。
だけど本人は全く気にも留めていない様子だ。

「手切ったら危ないから、お前は触んな。ほら、行くぞ」

ただのさぼりじゃないことが分かっていたのか、それとも単なる会話の延長でそう言っただけなのか。

「……」

私が歩き始めるのを確認して、やっと大蔵も階段を上り始めた。

不本意ではあるけれど、心の中で少し助けられたと自覚している自分もいて。

ずり落ちそうになっている段ボールを歩きながら横からそっと支えた。

これはほんの抵抗。

大蔵が優しいのは昔から知っている。

けれどこんな風に言葉や行動であからさまに示されると、調子が狂う。

大蔵のクラスはイチくんのクラスを挟んで私と反対側にある。

やっぱり、一目だけでも視界にイチくんの姿を映したくて、一瞬だけ顔を教室の方に向ける。

イチくんは教室の後ろのスペースで看板作りをしていた。

周りに男子が3人くらいいて、ちょうど顔が見えるか見えないか。

「おいイチ、顔にペンキ付いてんぞ!」

「マジかよ。つーかやったの絶対お前だろ」

「はは、バレた?」

「ありえねー、どうすんだよこれ」

なんて、楽しそうな声のおまけ付き。

顔が見れた。
声が聞けた。

それだけでも十分で、ささやかな幸福感で満たされる。