手からするりと生徒手帳が抜け落ちた。
階段に、パサッと無機質な音が小さく響く。
拾おうと手を伸ばす私を、橋本さんの声が遮った。
「触らないで!」
先に拾われたそれを必死に目で追いかける。
やだ……。
やだよ……。
心の中でどれだけ拒んでも、きっともう自分の手には戻ってこない。
それは生徒手帳だけではない。そんな気がして、悲しい気持ちと苦しい気持ちが一気に私の中に広がっていく。
「ずっとずっと、イチが好きだったの。だからもう邪魔しないで」
目を合わせることなくそう言った橋本さんは、生徒手帳を持ったまま階段を上って行った。
それを見ていることしか出来ない私は、なんて惨めで弱虫なんだろう。
私がしっかり掴んでいなかったからだ。
手放してしまったのは自分。
遅すぎる後悔は、もう自分では取り戻せないところにまで行ってしまった。
橋本さんに言われた言葉が頭の中でぐるぐると動き回って、泣きたくなった。
橋本さんとイチくんが一緒にいるところを今は見たくない。
それに、すぐには教室に戻る気にはなれなくて。
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。