「それ貸して?あたしからイチに返しといてあげるから」
橋本さんが笑顔で手を差し伸べる。
でもその顔は自然にそうしたものではなくて、無理やりに作って貼りつけたよう。
仮面のような笑顔に背中が少しひんやりとした。
嫌だ。
渡したくない。
生徒手帳を握りしめたままの私に、橋本さんの表情がどんどん不機嫌になっていく。
「渡せないんだ?」
橋本さんの素っ気ない声が聞こえた。
「私、自分で返したい……」
「なんで?そんなことして何の意味があるの?」
「それは……」
口籠る私を、橋本さんはきつい表情で睨みつけた。
「垣谷さんには西野くんがいるのに!どっちもなんてズルいことしないでよ!」
どうして今、大蔵の名前が出てくるんだろう。
そう考えた時、バスケ部の試合の帰りに橋本さんとすれ違ったことを思い出して、私は首を横に振った。
「違うよっ。大蔵は」
「ただの幼馴染だって言うの?イチにあんな顔させといて、そんな理由で納得できるわけないでしょ!」
あんな顔って、イチくんがどんな顔をして私を見ていたって言うの……?
橋本さんの言っている意味が分からない。
イチくんと橋本さんが付き合っているから……?
だとしたら、悪者は私だ。
橋本さんがこんなにも怒る理由も、それなら理解できる。
じゃあどうして、イチくんは私に生徒手帳を渡したりなんかしたの……?
分からない。
分からないよ、イチくん……。