もしかして、きっかけを作ってくれた……とか?

廊下ですれ違ったあの時、自然に話しかけるきっかけを作ろうとしてイチくんが咄嗟に思いついてそうしたのだとしたら……。

暴れ出す心臓に、じっとしていられなかった。

イチくんの生徒手帳を持って席を立つ。

座っていた椅子がガタガタッと大きな音を立てた。

それぞれが文化祭の準備をしていた手を止めて、たくさんの人が私の方を見ていた気がするけれど、なりふり構わず廊下に飛び出した。

どうしてイチくんがこんなことをしたのかを知りたい気持ちもあったけど、それよりも今すぐイチくんに会いたいという思いが、私を動かしていた。

隣のクラスでは、同じように文化祭準備に明け暮れる生徒たちの姿があって、教室の真ん中の席で友達と話すイチくんがすぐに視界に飛び込んできた。

「イ……」

けれど、声をかけようとしたその時だった。

「垣谷さん」

肩を叩かれて、振り返る。

そこにいたのは橋本さんだった。

偶然とは思えないタイミングに戸惑って、声が出なかった。

「ちょっと、こっち来て」

抑揚のない声でそう言う橋本さんは、いつもの明るい雰囲気はなく別人にすら見えた。