やっぱりこの人はこれっぽっちもわかってない。
それならば、今さらもうわかってもらわなくてもいいのかもしれないという思いと詰りたいという思いに揺れる。

樹先輩は本当に何もわかっていないみたいで、どうしてと繰り返した。

ここでキチンと言わなければ。彼なりに納得してもらわなければ、また何かの拍子に彼と出会う度に何度も聞かれる可能性もあるのだろう。


「本当はーーー私もケガのことも親の引越しのことも先輩に言いたかったし、聞いて欲しかったです。でも先輩は受験を控えて大変な時期だったし、それに私たちには会う時間も、顔を見て話す時間もなかったですよね」

「でも、毎日LINEしてただろ。電話だってできたはずだ」

でも、
でもいつだって、あの子の方が最優先だった。

放課後も時間があれば彼女も元に顔を出していたようだったし夜も電話やLINEで繋がっているみたいだった。

「親の引っ越しが決まった時も私の転校を決める前にも話をしたくて、電話しました。でも、いつだって、先輩のスマホは電源が切られているか話し中だった。LINEをしても返事が来るのはいつだって遅い時間で」

思い当たる節があるのか、樹先輩が息を飲むのが私の視線の端に映る。私ももう視線を合わせることができない。きっとひどい顔をしているはずだから。

「幼なじみのところにお見舞いに行くって聞いてたけど、それだっていつの間にかお見舞いじゃなくてデートだったみたいだし」

「え、ちがっーー」

「私の入り込む余地なんてなかった。確か先輩の彼女は私だったはずなんです。でも先輩の隣にいるのは私じゃなくて違う子でした。私には時間を割けないけれど、あの子には時間を割いていて。二人ともずいぶん楽しそうでしたね。---もうそんな先輩の近くにいるのが辛かったんです。心も体も限界でした」

何か言いかけた樹先輩の言葉を塞ぐように話を続けた。
「私があのままあそこに残ってどうしろと?」

さぁっと秋風が流れ、頬がひんやりとする。気が付かないうちに我慢していた涙がひとすじふたすじとこぼれてしまっていたようだ。

「支えて欲しかったのは私も同じです。でも、先輩が選んだのはあのかわいい子だったんですよね。リハビリしても間に合わないとーーー高校ではもう陸上を諦めた方が良いと言われたその日、お二人が楽しそうにデートしてるとこ見ましたよ」