「嫌かな」
楽しげに聞いてくる伯爵に、ハンナは大急ぎで首をふる。
(嫌なわけない)
だけどいきなりそんなふうに言われて、嬉しさよりも困惑の方が勝ってしまう。
「なにも難しいことはないよ。ただお互いの目が合って、君が笑ってくれたらいい」
伯爵は親しげに目を細めて言った。
目が合って、笑うだけ。それだけでいいのだろうか。
ハンナの内心を察したのか、伯爵はくすりと笑い付け足す。
「頼んだら、それ以上をしてくれる?」
「い…え、その…」
ハンナは顔を赤くして口をつぐみ、俯く。
伯爵はまた笑った。
「冗談だよ、…ごめんね、どうもからかいすぎてしまうな。君には」
彼がハンナの反応を楽しんでいるのがわかった。
顔には出していないつもりだったが、伯爵はハンナが拗ねていることを目敏く感じ取ったらしかった。
「素敵だと評判の君の笑顔が私にだけ向けられないのは、なかなか悔しくてね」
(…ずるい、そんなことおっしゃるなんて)
そんなふうに言われたら期待してしまう。
彼が自分に親しみを向けてくれているように、錯覚してしまう。
そんなこと、あるはずないのに。
伯爵は、頭のハットを被り直して軽く会釈した。
「そろそろ行くよ。君を送って行きたいところだけど、まだ用事があるんだ。1人で大丈夫かな」
「はい」
ハンナは小さく返事をして頷いた。