しばらく聞いているが、伯爵がなにを言わんとしているのか、いまひとつハンナにはわからなかった。

言葉はハンナを褒めているように聞こえるのに、その表情は嬉しそうでも楽しそうでもない。


「えっと…?」


なにに伯爵が機嫌を損ねているのかわからないまま、不安になりながらハンナは先を促す。


「だけど私が店に行き、君の前にパンを差し出すとき、君が私と目を合わせてくれるのはとても稀だ」

「!!」


ハンナは頭上から雷が落ちたみたいに衝撃を受け、全身を硬直させた。


(目を合わせないんじゃなくて、合わせられないのに!)


伯爵はなおも視線を落として言う。


「それに、君が私と話している時はどこかぎこちなくて、無理をしているようにも見える」

「そそそれは…! 緊張してどこを見たらいいのかわからなくなってしまうだけで、むしろ伯爵さまと話せることは私にとってすごく嬉しいことで…!」


(ってちょっと! 何言っちゃってるの私!!)

意図せず余計なことまで口走っている気がする。だけどここははっきりさせておかなくてはいけない。

伯爵と話をすることが自分にとって負担になっているわけでは決してないと。むしろ伯爵と会える短い時間を毎朝どれほど心待ちにしていることか。


「誤解なさらないでください。私は…伯爵さまと話すのに無理なんてしていませんから」

「本当に?」

「本当に、本当です!」


伯爵はハンナの目をじっと見つめる。

いつもみたいに恥ずかしさで目を逸らしてしまいそうになるが、ハンナは必死にたえて伯爵の目を見つめ返した。

そんな誤解をさせたままにしておくなんて絶対に嫌だった。


しばらくにらめっこのような見つめ合いが続き、ふと、伯爵が息を漏らして破顔した。口元に手を寄せてクスクスと笑いだす。


「それなら、これからは私と友人のように話してくれるね?」

「もちろ……っは!?」


(ゆ、友人!? 伯爵さまと!?)