2人は一緒に店を出た。

太陽の日差しと街の賑やかさで、ハンナは夢のような時間から急に現実に引き戻されたように感じ、胸の内でがっかりした。


「…伯爵さま、本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しします」


伯爵に向き直り、深々と頭を下げる。

しっかりとリボンの入った小包を抱きながらそう言うと、伯爵は「気にしないで」といいながら、ふと小さく苦笑を漏らした。


「そんなにかしこまらないで、もっと自然にしてほしいな」


(自然に?)


もしかして、「もっとフランクに」とか、そういうことだろうか。

こうして隣に立って同じ空気を吸っているというだけで緊張しっぱなしなのに、もっと自然に振る舞うなど、ハンナには難易度が高い注文である。


「君は、私以外の客にもそんなふうに(へりくだ)った接し方をしているのかい?」


ハンナは目を瞬く。

伯爵以外のお客さんには、もっと気軽に接している。

だがそれは当たり前のことだ。

伯爵と他の客とは身分が違うのだから。

伯爵の位をもつ人物に対して、失礼のないように言葉選ぶのは当然のこと。今でさえ全く礼儀がなっていないとハンナは反省しているのに。

それを言おうとすると、彼の美しい顔はなにか不満げな表情で、ハンナは思わず出かけた言葉を飲み込んだ。


「私に必要以上に気を遣っているようだ」

「それは…伯爵さまは、本来私がこのように話していい方ではありませんもの」

「どうして?」

「え…」


「どうして」?


ごく自然に返ってきた言葉に、ハンナはポカンとしてしまう。


「私が伯爵の身分だと、君は私と対等に話してはくれないのかい?」

「それは」

「あの店に来るお客さんが絶えないのは、パンの美味しさももちろんあるだろうけど、君の接客の良さもひとつ大きいと思ってるよ」

「…!」

「お喋りに楽しく付き合ってくれるだとか、君の笑顔で元気が出てくるだとか、聞くのは君に関することが多い」

「きっとお世辞です」

「これは私が直に店に来たお客さんに聞いたことだよ。君は自分が思っているよりとても人気者なんだ」