城下町の中でも特に下町で、道を歩いている者はみな労働者や浮浪者ばかり。治安も特別悪くはないが安全とも言い切れない、そんな下町の小さなストリートにポツンと建っているのがベーカリー・シュガー。ハンナが働くパン屋だ。

やってくる客層はこの町の人並みと同じく、工場働きの男だったり中年の主婦たちばかりだ。

店主であるマルレーネ・へルツェと、長年マルレーネと共にパンを作り続けているというヘンドリック・バーナー、そして下働きとして雇われているハンナの3人で経営している。
店は、人通りもまばらなストリートで開店しているにも関わらず、なかなか評判のあるパン屋だった。


ハンナがこの店で働くようになってもう何年も経つが、パンを焼かせてもらえるようになったのはほんの1年前のことだ。

もともとパン職人になるのが夢だったハンナは、この店にやってきたその日に、マルレーネに言われ一度パンを焼いてみたことがある。
だけどその時の調理場の荒らしようがひどく、床に砂糖はこぼすわ調理道具は傷つけるわオーブンはまる焦げにするわ、ひとつパンを焼くだけで厨房は泥棒が入ったような大惨事になってしまったのだ。職人意識が高く神経質なマルレーネは、当然これに卒倒しそうなほど激怒した。

「調理場を大事にしない者にパンを焼く資格はない」と一喝されてから、ハンナは昨年に至るまで一度も調理道具に触れることさえ許されなかったのである。



しかしそれも今は昔の話。

当時の失態を反省し、ハンナは言われた通り調理道具にも一切触らず、任された掃除と接客を真面目にこなし続けてきた。

朝は3人の中で一番早く店に入り掃除を始め、開店すると元気いっぱいにお客さんを迎えた。

清掃員としてしか扱われないとはいえ、パン職人になる夢は諦めず、マルレーネとヘンドリックの技を目で盗みながら、深夜ベッドの中でイメージトレーニングを欠かさなかった。


そんな地道な努力のおかげか、今はひとつの商品を一人で任されるまでになった。

ハンナが作るアップルパイは、練習の甲斐あってか売れ筋も上々で、ベーカリー・シュガーの人気商品になりつつある。