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雪が降りそうな日。
分厚い雲に隠れた太陽は、その姿どころか光さえ失っているようだ。
柔らかい暖かさはあるものの、静かな空気はこれからのイベントを盛り上げるだろうと花奈《かな》は予想していた。
ホワイトクリスマス。
だが、そのようなイベントに興味はない。
イルミネーションよりも、星の瞬きの方が綺麗だ。
高価なアクセサリーよりも、優しさが欲しい。
豪華な料理を口にするより、大切な人がいて欲しい。
考えながら、花奈は夜が近いことをそこから見える街の様子で判断した。
花奈は小高い丘の上に座っていた。風に吹かれてショートボブの髪がなびく。
午前中に高校で行事があったため、制服にベージュのコートを羽織っただけの恰好。
肌寒く、時折身を温めるように抱きしめる。
そこは学校や市街地からも遠いために、花奈だけが知っている場所。
普段入り口は閉じているのだが、土地の所有者が祖父だからと勝手に入っていた。
丘の上に一本。
立派な桜の木があったが、今は季節はずれで花はない。それがまた花奈を寂しくさせた。
「そんなに楽しいかな、クリスマス」
「楽しいよ」
あるはずのない人の声に驚き、花奈は振り返った。誰だと聞く前に、爽やかに微笑まれて言葉を失う。
「あ。おれ? 咲也。同じ高校、同じ一年。知らない?」
「うん、知らない」
はっきり言わないでよ、と咲也《さくや》は笑う。
よく見ればなかなか恰好いい人だ。
校則違反をしたことのない花奈には茶髪が少し気になるが、歯を見せて笑う姿は子供っぽくて可愛らしいと思えた。
「惚れた?」
「誰が」
「花奈ちゃんが」
「誰に」
「おれに!」
「帰れ!」
思わず叫んでしまった花奈。
それでもヘラヘラ笑っている咲也を無視して、疑問を口にした。
「なんで知ってるの?」
「なにを?」
「名前」
「誰の?」
「わたしの!!」
このやり取り疲れるなとため息をつくと、咲也はペロッと舌を出して謝る。そして遠慮なく花奈の横に座った。
「知ってるよ。だって、同じクラスじゃん」
「そう、だっけ」
花奈はクラスメイトの顔を思い浮かべるが、その中に彼はいない。
花奈にとっては派手な風貌の咲也を知らないとは思えず、どこの誰だと不審に思いながら顔を覗けば、はぐらかすようにそっぽを向いた。
「ごめん。同じクラスなのは嘘じゃない。ただ、不登校でさ」
「じゃあ、尚更。なんでわたしのこと、知ってたの?」
それには答えなかった。だから、不登校の理由も聞けなくて疑問だけが残る。
「なにが悲しいの?」
不意に咲也が聞く。
「もしかしてイジメ?」
「ない」
「じゃあ、失恋?」
「違う」
「大切なものを失った?」
咲也は冗談のつもりで言っている。
その証拠に笑っている。楽しそうに笑っていて、花奈の中で抑えていた感情が溢れ出した。
涙となって出てきたそれは止まらない。
震える唇から出てきたのは、思った以上に低い声だった。
「人のことからかって、そんなに楽しい?」
「花奈ちゃん?」
「ふざけないでよ!!」
立ち上がり、泣いてる姿を見られまいと空を見上げた。
ついに降り出した雪が、花奈の涙を撫でていった。
「ごめん」
「犬が死んだの。大切なペットが、家族が!」
彼の息を呑む雰囲気を感じて、花奈はますます腹が立った。
「不登校のあなたにはわからないでしょうね。大事でもない部活のクリスマスパーティなんかに付き合わされて。関係がギクシャクするのが嫌だから、無理やり参加したクリスマスパーティのせいで!」
「花奈ちゃん」
「わたし、看取れなかった。ジャックはわたしを待っていたかもしれないのに。最期の時に、いてあげられなかった」
さっき会ったばかりの男に何を話しているのだろうと思うが、花奈は言葉が止まらない。
「ジャックのいない日はなかったの。わたしが物心ついた時には一緒にいたんだから!」
「悪かった」
「あなたになにがわかるの! ずっとあった温もりがなかったのよ。玄関に首を向けたままで」
思い出すだけで辛く、悲しくて涙が流れていく。頬を伝う涙が制服を濡らす。
うまく言葉が紡げないことに花奈は苛立った。
「本当はもっと一緒にいたかったのよ。ジャックはもっと遊びたいって思ってた。きっと、きっと!」
ついに花奈は泣き崩れてしまう。咲也はそんな花奈に何をするでもなく、黙っていた。
長い沈黙だった。ただ、花奈の泣く声だけが聞こえる。