「よーし! よくやった、57番!」
と、旭くんに向かって大きく傘を振っている姿は、なんだか元気が出る。根っから明るいのだろうなと思わせる。

東京音頭が終わり、傘をそっと私に返した彼が「ありがとうございました」とお礼を告げたあと、彼女に向き直る。

「57番じゃなくて藤澤だよ。受刑者みたいだから番号で呼ぶのやめて」

「いちいち覚えられないよ。あっ、その双眼鏡、ちょっと借りてもいいですか?」

せっかくだから名前を覚えてほしかったけれど、彼女は覚える気はないらしい。それよりも、と私が持つ双眼鏡を指さして、お願いしますと肩をすくめた。

「これですか?はい、どうぞ」

首にかけていたヒモを外して双眼鏡を彼女へ渡す。
受け取った彼女は、笑顔でそれをのぞいて「どれどれ」と誰かを探し始めた。

「真ん中のベースと奥のベースの間……あー、いたいた!イケメンショート!」

なるほど、肉眼ではよく見えなかったイケメンをしっかり見たかったわけか。
だが、イケメンと言えど人の好みはそれぞれ違う。
彼女のお眼鏡にはかなわなかったらしい。

やや不満げに口をとがらせた。

「…………へえ~。世の中、ああいうのが人気なんですね。お好きですか?」

「……え!?私!?」

いきなり話を振られたので、困惑しつつも苦笑して首をかしげる。

「いやぁ…かっこいいとは思いますけど、好みではないかな?」

「ですよねぇ。……あ、ついでに57番も見てみよーっと」

双眼鏡から目を離さず、今度は旭くんを探し出した。
思ったことを即座に口にする彼女のことだ。きっとあの言葉を言うのは読めていた。


「…………うちの湊くんと張り合うほどに普通だな。小柄だし、野球選手っぽくない。メガネかけて将棋盤の前に座ったら『棋士です』って言っても通じそう」

思った通り、「普通」の判定。
将棋とか棋士とか、よく分からない例えを引き合いに出していることは不思議ではあったが。

彼女の横から「たいていの人間はそうだよ」と彼が呆れたようにため息をついた。

「いやいや、普通以上に“普通”だって。プロレベルの“地味”だって。うちの会社にもああいう顔七、八人いるよ。街で見かけても絶っっっ対気づかない自信ある!」

「たしかに旭くんは普通です。本当に普通なんです。地味かもしれません。でもね、それだけじゃないんですよ!」