次の打席は、七番を打つ旭くんだ。
彼は二回ほど屈伸したあと左腕をぐるぐる回して、最後に一度だけ軽く素振りをしてバッターボックスに立った。

顔は旭くんの方に向けたものの、隣の彼女がなんと声援を送るのか気になってしょうがない。
なんて言うんだろう。

「あ! さっきの左利きだ! がんばれー57番! ホームラン打てー!」

笑っちゃいけないと思いつつ、ふっと笑ってしまった。
やっぱり出た!「ホームラン打て」。

残念ながら旭くんはホームランバッターではないんだけど。

それでも社会人野球をやっていた頃は年間で一本打つか打たないか程度だったホームランが、プロに入ってから劇的に増えた。
プロの手にかかり、旭くんはバッティングフォームを一から見直し、打撃にまつわるトレーニングのすべてを磨き直した。
そのおかげか、ここまでホームランは三本出ていた。

さすがにこの場面でホームランが打てるほどしょっちゅう打っているわけではないので、期待できるのはヒット性の当たりだ。


すると、またしても冷静な声が彼女にツッコミを入れた。

「あの57番はホームランバッターじゃないけどね」

「えー!そうなの?プロってみんなホームラン打てるんじゃないの?」

「そんな簡単に打てないよ」

そうだそうだ、とうなずきながら私は双眼鏡で打席にいる旭くんを拡大して見つめる。
投球を待つ間の彼の強い目がなにげに好きだったりする。


相手ピッチャーが何球目かのボールを投げた。
それを、旭くんのバットがとらえる。
カァン!という気持ちのいい音を響かせて、打球は右中間のフェンスに直撃した。

「やったー!いけいけいけ!」

まるで家で見ているかのように前のめりになって、一塁から二塁へ走る旭くんに声をかける。
私の声なんてかき消されるほどの、大きな歓声がライトスタンドから湧き上がっていた。
この応援の一体感が、球場に足を運ばなければ分からないリアルな楽しさだ。