「……何かあったのかしら」

心配そうに沙夜さんが眉をひそめていると、思いもよらない名前を栗原さんが口にした。

『フジさん!フジさん!どこにいますか!?』

……“フジさん”?旭くんのこと?

わけが分からない私たち視聴者は置いてけぼりで、MCの二人も不思議そうに『どうしましたか?』と焦っている。

『申し訳ありません、ちょっとなにかあったみたいですね……確認致しますのでお待ちください』

「なんだあ?トラブルか?」

「放送事故レベルじゃないっすか、これ」

淡口さんと翔くんは半笑いでそんなことを言い合っているが、私はテレビから目をそらせなかった。
だって、栗原さんはたしかに「フジさん」と呼んだんだもの。聞き間違いではないはずだ。ほかの三人は聞き逃したのか、そのことには触れない。

すると、程なくして栗原さんへ向けて固定されていたカメラが小刻みに揺れて動き出し、まるで持ち歩いているようにカメラマンが歩くのに合わせて画面がぶれた。
カメラはずんずん練習場の奥へ向かい、やまぎんの野球部員や関係者でびっしり埋まったその先を映した。

そこには、つい数日前に会ったばかりの私の恋人がいた。
旭くん本人も、なぜ自分がカメラを向けられているのかよく分かっていない様子で目を丸くしている。


「藤澤くんじゃない!どうしたっていうの?」

「私もなにがなんだか…」

説明も何もないので、沙夜さんに聞かれたって私も分からない。本人も分かっていないのだから、この慌ただしい状況を理解しろという方が難しい。