「プロに行きたかったんですね…」

「はい。野球をしている者なら、一度や二度は頭に浮かべる夢の職業です」

夢の職業と言い切った彼は、もう遠い昔にその夢を捨てたみたいな顔をしていた。
栗原さんが以前、「彼は野心がない」と言っていたのはそういう過去が原因だったのた。

「石森さんも分かるでしょう。俺には守備しかない。守備だけは昔から褒められてきましたし、自分でもプライドがある。でも、どうしても打撃面でマイナスの評価がついてしまう」

「栗原さんからは、藤澤さんはずっと打率三割を打ってるって聞きましたよ」

「繋ぐ打撃を心がけてますから。あくまでボールをミートして、無理やりにでもヒットに繋げる、それだけなら誰でもできます。だけど、俺には試合を決める決定打を打てない」


私には野球のことが分からない……とはもう言わない。
なんとなくだいたいのことは分かってきたと思う。
それでも、彼の言うことは理解しがたくて、その「繋ぐ打撃」をプロでも生かせないのかと疑問に感じる。

その疑問を拭うように、彼は話を続けた。

「要は、目立つ打撃をしないとだめなんです。“目立つ”ってどんなに大変か、俺は高校時代からその点だけとても苦労して、今に至ります。紙一重ですがプロとアマチュアの壁はそこに尽きます」

彼の言葉に、感情がないことに気がついた。
そんな気持ちで彼が口にする自己評価が、とても寂しい。
挫折を二度味わった人がたどり着いた境地は、私にはとてもじゃないが計り知れない。

「知ってますか?プロの球団で八番や九番の打順を打ってる選手でも、みんなほとんどプロ入り前はチームで四番を任されてた人たちです」

「え…………。そうなんですか?」

プロ野球のことは本当に知らないので、言われてもピンと来ない。
とりあえず分かるのは、プロの壁が分厚くて、なかなか手が届かないということだ。


「大学時代、俺は首位打者をとったこともありますし、ベストナインにも四年間選ばれました。だけど、どうしても関東や関西の大学野球に比べるとインパクトが薄かったんです。だから高校の時にドラフトにかからなくて、精神的に腐ってしまって野球推薦を蹴りましたけど、もしも推薦を受けて東京の大学に行っていたら、違った未来があったのかななんて……」

藤澤さんはそこまで言って、ふと言葉に詰まってつぐむ。
そして、違うか、とつぶやいた。

「……まあ、どちらにしろ結果は同じだったかもしれませんけどね。それでも、こうして社会人になっても野球を続けていられることに感謝しなくちゃいけないんです」