そこには、私たちと同じバイトやパートの面々がいた。

皆どこかよそよそしく、早く新しい環境に慣れたい、と思っている様子が伝わってくる。だって、私もそうなのだ。

店長は鞄から書類を取り出し、私たち二人に手渡した。

「これ書いて、ここにハンコ押してね。書いたら持ってきて。一枚づつ控えがあるから、二枚とも書いて」

彼はぶっきらぼうにそう言うと、事務所の奥に置いてある仕事机へと戻って、パソコンのキーを叩き始めた。

契約書には、自分で記入する欄と、雇い主の印鑑を押す場所がある。

隣では公代が既にペンを出して、自分の住所を記入している。

私も鞄からペンを取り出し、記入しようと用紙に目を落とし、そこに書いてある名前を読んだ。

杉本稔

私は、やっと知れた彼の本名に少し嬉しくなってしまった。

用紙の記入を済ませ、店長の印をもらったまでは良かったが、私たちは彼に何を指示されたわけでもなかったので、他の面々と互いの自己紹介をしていた。

キーを触る音がやけに大きく聞こえる。

二週間、私の頭を支配していた彼が、ようやく話せる距離にいる。

胸の高鳴りが、どうか他の人に聞こえませんように。

私は笑顔を作って挨拶をしながら、彼に背中を向けてそう祈った。