はあ…。さっきの事もあるし、伊藤達と帰るの、ちょっときまずいなぁ。
「空川。ちょっと話があるんだが」
教科書をもって、いざ帰ろうとしたところへ、小島先生がやってきた。
「さっき、ピアノを弾いたとき、お前大丈夫だったか?」
瞬時に、持っていた教科書の手に、力を込めた。
大丈夫なわけない。そう言いたいが、先生を前に声が出ない。
「だい、じょうぶ、です…」
それこそ嘘をついたが、トーンは自分でもわかるくらいに、暗いものだ。
それでも先生は「そうか」と、にこやかに頷いてくれた。
「あの曲、リストのすごい難しい曲だろ?俺も一回挑戦してみたんだけど、すぐに挫折したんだよ。だから、すごいなって思ってさ」
先生の褒め言葉(たぶん)に、俺は黙って頭を下げる。
そんなのお世辞に決まっている。最初は確かにうまくいってたけど、途中から音が聞こえなくなってたんだ。
きっと、めちゃくちゃな音楽になってたに違いない。