俺は、指にぐっと力を入れた。ピアノの乾いた音が鳴りだす。
 

パガニーニによる超絶技巧練習曲から。第6番 イ短調 原曲:24番。別名 パガニーニ大練習曲より第六番 主題と変奏。
 

中学部金賞を取ったときに弾いた曲だ。
 

プロのピアニストでも避けると言われている、ピアノ曲の中では、最難関の曲。
 

最初は複雑な和音から始まる。音を弱くするのが特徴だ。
 

次は、右手と左手が、まったく違う動きになる。右手のスタッカートに意識するんだ。
 

その年で、暗譜でノーミスは不可能と言われた。だから、この曲をコンサートで披露したんだ。
 

俺にはそれしか取り柄がなかったから。どんな複雑な音でも、必ず弾きこなす。それしか、取り柄がなかったから。
 

その取り柄を守り抜くために、俺はコンサートでピアノを弾いた。不可能だ、無理だ、などといわれ、俺の取り柄が壊されないように。
 

俺の指は、すべてを覚えている。どこに指を置けばいいか、すべて。