水田の言葉に、俺は無理やり口端を上げた。
 

「ごめん。先に行ってようかなって思って」
 

二人の楽しそうな雰囲気を見ていられなくなった、と心の中では言うが、声には出さない。
 

「あっそ。でも、これからは勝手に行くなよ、薄情者!」
 

伊藤が俺に手を乗せて、そんなことを言ってくる。

伊藤の顔が俺に近づき、大きな茶色い瞳が、俺の目を覗き込んでいた。
 

伊藤にとっては何でもない言葉かもしれないが、俺にとっては非常に嬉しい言葉だった。
 

今度は、自然と口元が緩む。あまりの単純さに、自分でも呆れてしまった。
 

三人で教室を出ると、二人はなぜか、昨日の音楽室とは、逆方面に歩き出した。
 

「え?音楽室って、そっちじゃないの?」


俺が廊下の向こうの音楽室を指さすと水田は「ああ」と言って、音楽室の方に目を向けた。
 

「あれは、昔使われていた音楽室。この学校が改装された時に、新しい音楽室が出来たから、もう使われてないんだよ。楽器とかはそのまま残してあるし、今は物置みたいな感じだね」