「ごめんね、日向君」
 
「大丈夫だよ」
 

小声で謝る向日葵に、俺は笑って返す。
 

舞台に上がってみるが、もちろん人はゼロ。

他の人たちは、とっくにリハーサルが終わっているため、みんな帰っている。
 

まあ、そっちの方がいい。本番前に、誰かになんか言われたら、きっと向日葵はまた、不快な思いをしてしまうから。
 

向日葵と俺は、一緒にピアノの椅子に座ると、『カノン』を通しで弾いてみる。
 

昨日とは大違いで、終始いつもの輝かしい笑顔で、向日葵はピアノを弾いている。
 

演奏を一通り終えると、後ろで立っていた先生が、拍手をしながら近づいてきた。
 

「いやあ、よかったよ。さすが、噂で聞いた、天才ピアニストだね。木下さんも、盲目でここまで弾けるのは、すごいことだよ」
 

先生の褒め言葉に、向日葵とそろって「ありがとうございます」とお礼を言った。
 

リハーサルが終わり、俺は特別クラスまで、向日葵を送った。
 

「ごめんね。私も回りたいんだけど、動くとやっぱり疲れちゃって」
 

「気にするなよ。十分に、体力を温存しといてくれ。また、四時ごろに迎えに来るから」
 

「うん」
 

そんなことを話しながら、俺は向日葵と別れた。
 

本当は、ずっと向日葵と教室にいても良かったんだが、三人の部活の観覧にも招待されたので、行くことにしたのだ。