ええと、この曲は確か…。
「ショパン作曲。ノクターン第20番 嬰ハ短調『遺作』」
横で、向日葵がおっとりとした口調で、教えてくれた。
「すごいねぇ、これ弾いてる人。尊敬しちゃう」
「でも、向日葵だって弾けるだろ?それに、この人、少し間違えてるし」
俺がそう言っても、向日葵はゆっくりと、微笑みながら首を横に振る。
「ううん。ちゃんと個性が出てて、良いと思う。機械からじゃ、作り出せない音だよ」
機械、か。
「俺の音にも、機械からじゃ作り出せない音が、ちゃんと入ってるかな」
俺が頬杖をつきながら、ポツリと呟くと、今度は、向日葵は首を大きく縦に振ってくれた。
「もちろんだよ。優しい、温かい音がする」
「…そっか」
次の人が、ピアノに向かう。三年生らしい、髪を上で縛った、背の高い女の人だ。
それから順序良く進み、やがて最後の俺たちになった。
俺は、向日葵と一緒に舞台裏に向かった。すると、担当の人なのか、ひとりの男の先生が立っている。
「えっと、空川日向君と、木下向日葵さんね。木下さんは、盲目なのかな?」
「はい」
「じゃあ、本番では、空川君に支えてもらうんだよ」
別に驚かない。
向日葵のコンクールに出ることになって、一度盲目の人が出る、ピアノコンクールを動画で見た。
すると、やっぱりどの人も、みんな白杖は使わずに、誰かに支えられていた。