「ええと、向日葵は右パートがいい?左パートがいい?」
俺が、自分の気持ちを誤魔化すように向日葵に聞くと、向日葵はわざとらしく「うーん」と唸る。
「右パートが、主に高音だよね」
「ああ。俺的には、向日葵は右パートの方がいいと思うんだ。曲のリードだし、音も複雑じゃない」
「でも、右手パートって、なんか主役奪ってるみたいで嫌だな」
向日葵は、不安げにそういうと、自分の指を手で覆った。
「そんなことない。俺は全然気にしてないし、向日葵のピアノの音には、主役になるだけの価値があるんだ」
慌てて言ってみたものの、向日葵の瞳は、ぐらついていた。
まだ、向日葵には消極的な部分がある。
過去への恐怖、未来への恐怖。向日葵は、そこからまだ抜け出せないでいるのかもしれない。
俺は、向日葵の横に座ると、不安げになっている向日葵の顔を、覗き込んだ。
「大丈夫だよ。俺がちゃんとついてるから、何かあっても俺がちゃんとカバーする。俺は、向日葵に楽しく弾いてもらいたいんだ」
向日葵は、俺の方を向かずに、顔を上げた。瞳は真っすぐ、揺れずにいた。
「…分かった。私、右手パート、やってみるよ」
力強い向日葵の返答に、俺は「うん」と頷いた。
どこまで届くか分からないけど、向日葵が俺から消えちゃう前に、やれることは全部やろう。