でも、心からは笑えなかった。向日葵にとっては、これが最後の夏なのだから。
 

いや、今そんなことを考えるのはよそう。どんどん、思考が悪い方へ進んでいってしまうから。
 

「今日はコンクールの打ち合わせをするんだよね?」
 
「ああ、そうなんだけど…」
 

俺は、向日葵に返事をしながら、ピアノの曲が入ったCDと、CDプレイヤーをバッグから取り出す。
 

「向日葵は、実際に聴いた方がいいだろ?」
 

俺の言葉に、向日葵は頷いた。
 

「うん。そっちの方がありがたい。どうせ、楽譜は見えないんだし」
 

言い返しの言葉が浮かばず、「そっか」とだけ言って、俺はCDプレイヤーをセットした。
 

コンクールに出ようと決めたときから、俺はすでに、何の曲にするか決めておいてある。
 

これが、俺たちにとって一番ふさわしい曲。そう思ったんだ。
 

俺がボタンを押すと、曲が流れ出した。
 

「これって…」
 

向日葵が、口に手を当てて、驚いたように声を漏らす。 
 

俺が選曲した曲は、『カノン』
 

向日葵と初めて出会ったとき、向日葵が弾いていた曲だ。


向日葵がこの曲を弾いて、その曲が素晴らしかったから、俺は音楽室に行き、向日葵と出会った。
 

この曲がなかったら、俺たちは出会ってなかったんだ。